グロスアップ計算の実例|外国人駐在員の手取保証給与と源泉徴収

駐在員税務 実務ガイド

グロスアップ計算の実例|外国人駐在員の手取保証給与と源泉徴収

手取保証(ネット・ギャランティ)で赴任する外国人駐在員の給与に不可欠なグロスアップ計算を、非居住者20.42%の逆算式と居住者の反復計算の実例で解説します。対象範囲の設計、タックスイコライゼーションとの関係、年末調整・確定申告での精算まで、人事・給与・グローバルモビリティ担当者向けに体系化しました。

最終更新日:2026年7月3日

01グロスアップ(手取保証給与)とは

グロスアップ計算とは、従業員に約束した手取額から逆算して総支給額を決める給与計算の方法です。海外親会社から日本に赴任する外国人駐在員(インバウンド・アサイニー)の給与では、「手取額を保証し、日本で発生する税金は会社が負担する」という手取保証(ネット・ギャランティ)契約が国際的な標準実務であり、受け入れ先である日本法人の給与計算担当者は、この逆算を毎月の源泉徴収実務として求められます。

手取保証が標準となっている背景は明確です。駐在員本人から見ると、赴任先の税率次第で手取が増減するのでは安心して赴任の辞令を受けられません。会社から見ても、税負担の差を理由に赴任を断られてはグローバルな人材配置が成り立ちません。そこで「本人の手取は赴任前と同水準を保証し、赴任先で生じる税金は会社が引き受ける」という設計が、外資系企業・日系グローバル企業の双方で広く採用されています。

このとき必ず理解しておくべきなのが循環構造です。会社が従業員の税金を代わりに負担すると、その負担額自体が従業員の経済的利益、すなわち給与所得となり、追加の税金が発生します。その追加の税金を会社が負担すれば、それもまた給与です。この「税金の上に税金がかかる」連鎖を織り込んで総支給額を確定させるのがグロスアップ計算であり、源泉徴収の実務では、税引手取額をいったん税込みの総支給額に逆算したうえで源泉徴収税額を計算します。

02基本の考え方:総支給額=手取額÷(1−税率)

税率が一定(比例税率)であれば、無限に続くように見える循環は、次の1本の式にまとめられます。

総支給額 = 手取保証額 ÷( 1 − 税率 )

導出は単純で、「総支給額 ×(1 − 税率)= 手取額」という関係を総支給額について解いただけです。たとえば税率20.42%なら総支給額の79.58%が手取として残るため、手取保証額を0.7958で割り戻せば、循環をすべて織り込んだ総支給額が一度に求められます。

グロスアップの循環構造:会社が税額を負担するとその負担額が給与所得となり追加の税額が発生する。税率が一定なら総支給額=手取保証額÷(1−税率)の式で逆算できる
図1:グロスアップの仕組み — 会社負担の循環構造と逆算式

この式が一発で使えるのは、非居住者に対する給与(20.42%の源泉分離課税)のように税率が固定されている場合に限られます。居住者の所得税は5%〜45%の累進税率であり、総支給額が増えると適用税率も上がるため、この式単独では解けません。実務では、セクション03(非居住者・一発計算)とセクション04(居住者・反復計算)の2パターンを使い分けます。

03計算例A:非居住者への支払(源泉徴収税率20.42%)

非居住者に該当する外国籍社員へ国内源泉所得となる給与を支払う場合、支払時に20.42%(所得税20%+復興特別所得税0.42%)の源泉徴収を行い、原則としてこれで日本の課税関係は完結します。赴任期間が1年未満の短期赴任者への支払や、帰任して非居住者となった後に日本勤務期間分の給与・賞与を支払うケースが典型です。

手取50万円を保証する場合の計算は次のとおりです。

ステップ 計算 金額
① 総支給額の逆算 500,000円 ÷(1 − 0.2042)= 628,298.56…円 628,298円(円未満切捨て)
② 源泉徴収税額 628,298円 × 20.42% = 128,298.45…円 128,298円(1円未満切捨て)
③ 検算 628,298円 − 128,298円 500,000円(保証額とちょうど一致)

実務上の急所は端数処理です。本例で割り算の結果を切り上げて総支給額を628,299円とすると、源泉徴収税額は同じ128,298円(128,298.65…円の1円未満切捨て)のため、手取は500,001円と1円過大になります。逆に628,297円とすると手取は499,999円と1円不足します。「総支給額 − 源泉徴収税額 = 手取保証額」がちょうど成立することを、源泉徴収税額の1円未満切捨てまで含めて必ず検算するのが正しい手順です。

非居住者の手取50万円保証のグロスアップ逆算フロー:500,000円を1−0.2042で割り戻して総支給額628,298円、源泉徴収税額128,298円(1円未満切捨て)、差引で手取がちょうど500,000円となる
図2:非居住者(20.42%)のグロスアップ逆算フロー — 手取50万円の場合

なお、非居住者への支払であっても、租税条約による短期滞在者免税が適用される場合や、退職金など所得の種類が異なる場合は取扱いが変わります。非居住者課税の全体像は非居住者への支払と課税の実務で解説しています。

04計算例B:居住者・年収ベースの反復計算

居住者の所得税は累進税率のため、1本の式では解けません。実務では「税額を計算 → 不足分を上乗せ → 再計算」を、手取額が保証額に一致するまで繰り返す反復計算を行います。年間の手取1,200万円を保証するケースで流れを確認します。

前提条件(簡略化した概算例)

  • 社会保険料および生命保険料控除・扶養控除等の所得控除は考慮しません(実際の給与設計では必ず織り込みます)
  • 給与所得控除:195万円(給与収入850万円超の場合の上限額)
  • 基礎控除:所得税62万円・住民税43万円(令和8年分・合計所得金額2,350万円以下。住民税の基礎控除は所得税と改正時期が異なります)
  • 所得税額には復興特別所得税(所得税額×1.021)を加算
  • 住民税:所得割10% + 均等割・森林環境税 年5,000円

反復計算の流れ

仮の総支給額 税額(所得税+住民税) 計算後の手取額 次の仮の総支給額
1回目 1,200万円 約259万円 約941万円 1,200万円+259万円=約1,459万円
2回目 1,459万円 約372万円 約1,087万円 約1,572万円
3回目 1,572万円 約421万円 約1,151万円 約1,622万円
4回目 1,622万円 約443万円 約1,179万円 約1,643万円
5回目以降 上乗せ額の増分が縮小しながら反復が続く 約1,660万円に収束
手取1,200万円保証の反復計算グラフ:仮の総支給額が1,200万円から1,459万円、1,572万円、1,622万円、1,643万円、1,653万円と推移し、約1,660万円に収束する
図3:手取1,200万円保証の反復計算 — 総支給額は約1,660万円に収束(簡略前提の概算)

収束値の検算:総支給額1,660万円のとき

  • 給与所得:1,660万円 − 給与所得控除195万円 = 1,465万円
  • 所得税の課税所得:1,465万円 − 基礎控除62万円 = 1,403万円
  • 所得税:1,403万円 × 33% − 153.6万円 = 309.39万円 → 復興特別所得税込みで約316万円
  • 住民税の課税所得:1,465万円 − 基礎控除43万円 = 1,422万円 → 所得割142.2万円 + 均等割等0.5万円 = 約143万円
  • 手取:1,660万円 −(約316万円 + 約143万円)= 約1,201万円(保証額1,200万円にほぼ一致)

上記はあくまで概算ですが、構造は明確です。手取1,200万円の保証には、税負担だけで約460万円を上乗せした約1,660万円、すなわち保証額の約1.4倍の総支給額が必要になります。社会保険料の会社負担分を加えると人件費総額はさらに膨らみます。赴任コストの予算策定や親会社へのチャージバック契約の設計では、この倍率を最初から織り込んでおく必要があります。

自社の手取保証給与の設計や源泉徴収体制に漏れがないかは、外国籍社員税務リスク診断ツール(無料・約3分)で確認できます。

05グロスアップの対象範囲設計

手取保証の総コストは、「どの報酬項目までグロスアップの対象に含めるか」で大きく変わります。基本給だけを想定して契約したものの、実際には社宅や子女教育費まで会社負担となり、想定外の税コストが後から発覚する例が少なくありません。対象範囲は赴任契約書(アサインメントレター)で明文化しておくべき事項です。

報酬項目 典型的な取扱い 実務上の留意点
基本給 対象に含めるのが通常 反復計算の基礎。毎月の源泉徴収と直結
賞与 対象に含めるのが通常 賞与に対する源泉徴収税額の算定方法が月例給与と異なる点に注意
RSU・株式報酬 契約により分かれる 権利確定(ベスティング)時に給与課税。詳細はRSU・株式報酬の課税と源泉徴収
社宅(現物給与) 含める企業が多い 会社契約とし、使用人の場合は賃貸料相当額の50%以上を本人から徴収すれば給与課税を避けられる余地(役員社宅は賃貸料相当額の計算・徴収基準が別)
子女教育費 契約により分かれる 会社負担分は原則給与課税。インターナショナルスクール学費は高額でコスト影響大
一時帰国費用(ホームリーブ) 含める企業が多い 一定の要件を満たす渡航費は非課税とする取扱いあり
グロスアップ対象範囲の設計マトリクス:基本給・賞与は通常含めるコア報酬、社宅・一時帰国費用は含める企業が多い、RSU・株式報酬と子女教育費は契約により個別設計。対象を広げるほど総コストが増える
図4:グロスアップ対象範囲の設計 — 対象を広げるほど総コストが増える

コスト試算では、課税される項目を対象範囲に加えるほど、その項目自体の金額に加えてグロスアップ分の税負担が上乗せされる点に注意が必要です。たとえば年間300万円のインターナショナルスクール学費を会社負担すると、限界税率約43.7%(所得税33%×1.021+住民税10%)が適用される駐在員の場合、グロスアップ込みの会社コストは約533万円に達します。

06タックスイコライゼーション・ハイポタックスとの関係

手取保証と並ぶもう一つの代表的な駐在員給与方式が、タックスイコライゼーション(TEQ:Tax Equalization)です。TEQは「駐在員の税負担を、母国に居続けた場合と同水準に固定する」仕組みで、給与からハイポセティカルタックス(ハイポタックス:母国で負担したはずの想定税額)を控除する一方、赴任先である日本で実際に発生する所得税・住民税は会社が負担・納付します。

ここで重要なのは、TEQを採用しても会社負担の循環構造からは逃れられないという点です。会社が負担した日本の税額は駐在員の経済的利益=給与所得となるため、TEQの下でもグロスアップ計算(循環計算)が必要になります。手取保証が「手取額そのもの」を固定するのに対し、TEQは「税負担の水準」を固定するという違いはありますが、日本側の給与計算・源泉徴収の技術は、どちらも本記事の計算方法が基礎になります。

タックスイコライゼーションの関係図:従業員の給与からハイポタックスを控除して税負担を母国水準に固定し、日本で実際に発生する税額は会社が負担・納付する。会社負担額は給与所得となるためTEQでもグロスアップ計算が必要になる
図5:タックスイコライゼーション(TEQ)と会社負担の循環

TEQ・タックスプロテクションの制度設計、会社負担税額とチャージバックの関係は、外国籍従業員の税金を会社が負担する場合の実務で詳しく解説しています。

07年末調整・確定申告での精算とスケジュール

グロスアップは毎月の計算だけでは完結しません。年末調整・確定申告で年間の税額が確定した時点で、保証した手取額との過不足を精算するプロセスまで設計して、初めて機能します。

時期 イベント 実務ポイント
毎月・賞与時 グロスアップ後の総支給額で源泉徴収 税額表の適用・現物給与の合算。基本実務は外国籍社員の給与源泉・年末調整を参照
12月 年末調整 給与収入2,000万円超の駐在員は年末調整の対象外となり、確定申告が必要
翌年2月16日〜3月15日 確定申告 RSU・母国払い給与・不動産所得等がある場合。全体像は外国籍社員の確定申告 完全ガイド
翌年5〜6月 住民税の決定・特別徴収開始 前年所得に対する課税のため、赴任2年目以降はグロスアップ額が増える
帰任時 出国前の精算 出国時の年末調整・住民税の残額処理・翌年度住民税の負担者決定

特に住民税は前年の所得に対して翌年6月から課税されるため、赴任1年目はグロスアップ額が小さく、2年目から住民税分だけ会社負担が跳ね上がります。赴任コストの予算とチャージバック契約は、単年度ではなく赴任期間全体で組んでおかないと2年目に予算超過が発生します。母国側の所得や外国税額控除まで含めた駐在員本人の確定申告は、当グループの外国籍社員向け確定申告代行で対応しています。

08よくある失敗4パターン

① 循環計算の漏れ

税額を1回だけ上乗せして計算を終えてしまう誤りです。計算例Bで1回目の上乗せ(総支給1,459万円)で計算を止めると手取は約1,087万円となり、保証額に約113万円足りません。反復計算を収束するまで回すか、表計算ソフトのゴールシーク機能等で厳密に解く必要があります。

② 賞与・RSUのグロスアップ漏れ

月例給与だけを対象に計算し、年の途中で支給された賞与や権利確定(ベスティング)したRSUを織り込み忘れるパターンです。累進税率の下では年収が増えるほど適用税率も上がるため、後から合算すると不足額が想定以上に膨らみます。株式報酬の権利確定スケジュールを給与計算部門と共有しておくことが不可欠です。

③ 住民税の翌年課税を忘れる

住民税は前年所得に対して翌年課税されるため、駐在員が帰任した後に前年所得分の住民税(普通徴収)の納付書が届きます。負担者を契約で決めていないと、帰任済みの元従業員への請求・回収が事実上不可能になります。出国前に必要な手続は出国時の税務手続で確認してください。

④ 租税条約・二重課税の見落とし

母国でも課税される所得(株式報酬・母国払い給与等)について、租税条約の適用や外国税額控除を検討しないまま両国の税額を全額会社負担にすると、本来不要な二重の税負担が発生します。グロスアップ計算の前に、「そもそもどちらの国が・どの所得に・いくら課税するのか」の整理が先です。

09実務チェックリスト

以下の項目に「いいえ・不明」が1つでもあれば、手取保証給与の運用に見直しの余地があります。

  • 手取保証の対象範囲(基本給・賞与・株式報酬・現物給与・諸手当)が赴任契約書で明文化されている
  • グロスアップ計算に循環(反復)計算を織り込み、収束するまで計算している
  • 居住者・非居住者の判定を赴任スケジュールに基づいて行い、累進税率と20.42%を正しく使い分けている
  • 総支給額と源泉徴収税額の端数処理まで含めて手取額を検算している
  • RSU等の株式報酬の権利確定スケジュールが給与計算部門と共有されている
  • 年末調整・確定申告後に手取保証額との過不足を精算するプロセスが定められている
  • 帰任後に課税される住民税の負担者と徴収方法が契約で定められている
  • 母国側の課税・租税条約・外国税額控除の検討を行っている

10FAQ(よくある質問)

Q1. グロスアップ計算にはどの税率を使えばよいですか。

非居住者への給与は20.42%の比例税率のため「手取保証額÷0.7958」の一発計算で足ります。居住者は累進税率のため、月次では源泉徴収税額表を用いた逆算、年間ベースでは反復計算が必要です。月次の源泉徴収額と年間の確定税額は必ずずれるため、年末調整・確定申告後の精算プロセスとセットで設計してください。

Q2. 社会保険料もグロスアップの対象に含めるべきですか。

手取保証という契約の趣旨からは、本人負担分の社会保険料も会社が負担する(グロスアップに含める)設計が整合的で、実務でも含める例が多数です。ただし、本人負担分の社会保険料を会社が負担すると、その負担額も原則として給与課税の対象となり、循環計算の変数が1つ増えます。本記事の計算例Bは社会保険料を考慮しない簡略例のため、実際の設計では必ず織り込んで試算してください。

Q3. 手取保証をやめてグロス(総額)契約に切り替えられますか。

可能ですが、駐在員本人との合意とアサインメントポリシーの改定が前提です。赴任中の駐在員について一方的に切り替えると、実質的な減給として労務トラブルに発展します。切替時は、住民税の翌年課税分や権利確定前のRSUなど、「過去の勤務に起因して将来発生する税額」を誰が負担するかの経過措置を必ず定めてください。

グロスアップ計算は「式は単純、運用は複雑」な領域です。循環計算・対象範囲・翌年課税の住民税・母国側の課税という4つの変数を、契約と計算実務の両面で押さえられているかどうかが、駐在員給与コストの管理精度と税務調査への耐性を決めます。

山口 淳也

この記事の監修

公認会計士・税理士・行政書士 山口 淳也/ ESPERANZA CONSULTING GROUP 代表

日本および海外のBIG4監査法人・税理士法人・FAS(ファイナンシャルアドバイザリー)にて、クロスボーダー税務・M&A・海外進出支援・国家プロジェクトなどの実務に従事。セミナー登壇多数。税務・会計・法務の専門的観点から、企業のグローバル展開や経営課題を多面的にサポート。