中国の労務・労働契約法 — 採用から解雇・経済補償金まで【連載⑦】
中国の労務・労働契約法 — 採用から解雇・経済補償金まで
会社の畳み方・縮め方(連載⑥)を押さえたら、避けて通れないのが人の労務です。中国の労働法は使用者側の義務が重く、日本の「整理解雇は補償なしで自由」という発想は通用しません。本稿は、書面契約義務・試用期間・無固定期限への転換・解雇の3類型・経済補償金(N/N+1/2N)、そして2025年の大きな制度更新までを整理します。なお2025年9月施行の最高人民法院「労働争議解釈(二)」(以下「司法解釈二」)が実務運用を大きく更新しました(労働契約法の条文自体は未改正)。
01労働契約 — 書面契約義務と「二倍賃金」リスク
中国の労働関係は労働法・労働契約法が土台です。最初の関門が書面労働契約の締結義務です。
- 書面契約は雇用開始から1か月以内に締結する義務があります。1か月を超えて未締結だと、その期間について「約定月額賃金の2倍(二倍賃金)」の支払義務が生じます。
- 二倍賃金は雇用2か月目〜12か月目の最長11か月分が実務上の上限です。1年を超えて未締結なら、無固定期限労働契約を締結したものとみなされます。
「とりあえず口頭で」は高くつきます。採用初日からの書面契約整備が、二倍賃金リスクと「みなし無固定転換」を避ける基本です。2025年施行の司法解釈二は、みなし無固定転換後は二倍賃金を主張できないことなど免責事由も整理しました。
02試用期間と、無固定期限契約への転換
採用時の試用期間には、契約期間に応じた上限があります。
試用期間は同一の労使間で1回限り、賃金は本採用後の80%以上かつ最低賃金以上でなければならず、試用期間も契約期間に算入されます。試用期間の上限は契約期間に応じ最長1か月(3か月以上1年未満)・2か月(1年以上3年未満)・6か月(3年以上/無固定期限)です。3か月未満の契約には試用期間を設定できません。
そして日系企業が最もつまずくのが無固定期限契約への転換義務です。
- ①勤続が連続して満10年/②国有企業改制等の特例/③固定期限契約を連続2回締結した後の次の更新時(労働者に法定解除事由がないとき)。
- 典型的な失敗は「2回更新した後に雇止め」しようとして無固定転換を主張されるケース。司法解釈二は「連続2回」の認定基準を新設し、雇止め回避の脱法的手法を封じました。
03解雇の3類型と要件 — 「自由解雇」は存在しない
中国法に「一般的な整理解雇を補償なしで自由に行える」という概念はありません。解雇は原則として法定事由が必要です。
- 協議解除(36条):双方合意。使用者からの申出ならNの対象。
- 使用者の単方解除:過失性辞退(39条)は即時解除で予告・補償不要、無過失性辞退(40条)は30日前予告または1か月分の代替(N/N+1の対象)。
- 経済性裁員(41条・整理解雇):20人以上または従業員の10%以上の削減。法定事由+30日前の説明・意見聴取+労働行政部門への報告が必要で、整理解雇でもNが必要です。
最も危険なのが「過失性辞退の立証不足」です。「重大な規則違反」を根拠にするには、規則が民主的手続を経て制定・公示され、違反が規則上明確に重大と位置づけられ、証拠が揃っていることが必要です。立証不足だと違法解雇=2Nと認定されやすく、争議期間の賃金も加わります。
04経済補償金 — N/N+1/2N と 3倍・12年キャップ
撤退・整理のコストを左右するのが経済補償金です。基本式はN=勤続年数 × 解除前12か月の月平均賃金(賞与・手当を含む)。勤続6か月以上1年未満は1年として1か月分、6か月未満は半月分です。
- N+1:予告期間を置かない無過失性辞退の3事由(医療期満了・能力不足・客観的状況の重大変化)のみが対象。代通知金は前月(直近1か月)賃金基準で、Nの12か月平均とは算定が異なります。協議解除や整理解雇には適用されません。
- 2N:違法解雇の場合、労働者は復職または経済補償金の2倍を請求できます。
- 高給者の二重キャップ:月平均賃金が所在地の前年度平均賃金の3倍を超えると、算定月額は3倍を上限とし、勤続年数は最長12年で打切り(主に2008年以降の勤続に適用)。3倍以下の労働者には年数上限はありません。
固定期限契約の満了と経済補償:使用者が更新を拒否した場合、または条件を引き下げて労働者が拒否した場合は、満了でも経済補償金N(労働契約法46条5号)が発生します。「期間満了だから無補償」は誤りです。
解除禁止事由(40条・41条の適用制限):妊娠・出産・授乳期中の女性、医療期(傷病療養期間)中の労働者、職業病・労働災害者、勤続15年以上かつ法定退職年齢まで5年未満の労働者には、無過失性辞退・整理解雇の適用が制限されます。人員整理を行う際は事前に対象者の属性確認が必須です。
05就業規則・工会・労働争議の手続
解雇の根拠になる就業規則(規章制度)は、作り方を間違えると無効になります。
労働者の切実な利益に関わる事項(報酬・労働時間・労働規律等)は、①職工代表大会・全従業員の討議+工会・従業員代表との平等協議(民主的手続)→ ②公示・周知の両方を満たして初めて効力を持ちます。制定経緯(議事録・受領確認書)の証拠保存が実務の要です。
労働争議は「一裁二審」で、まず労働仲裁が前置(必須)、不服なら人民法院へ。仲裁費用は無料、申立時効は原則1年です。工会(労働組合)には賃金総額の原則2%を拠出し、個別解除時は事前に工会へ通知する義務があります(工会の運用は地域差あり)。
062025年の3大制度更新 — 社保・定年・競業避止
2025年は労務の前提が大きく変わりました。3つの更新を押さえます。
- 社会保険の強制化:司法解釈二(2025年9月施行)で、「社保を納付しない/減額する」合意は無効。労働者は未納を理由に契約を解除しNを請求できます。徴収は税務当局に一元化され追徴が容易で、「手取りを増やすため社保未加入」という従来慣行は重大リスクになりました。
- 定年(法定退職年齢)の段階的引上げ:2025年1月開始。男性60→63歳、女性は職種により50→55歳・55→58歳へ約15年かけて漸進。労使合意で最長3年の弾性延長も導入されました。
- 競業避止の厳格化:実際に秘密情報に接していない者への競業避止は無効。離職後は上限2年、経済補償は2025年人社部指引上、直近12か月平均賃金の30%/月以上かつ最低賃金以上(1年超は50%目安)。これは強行法的な最低額ではなく参考基準です。高度人材・技術者の囲い込み条項は見直しが必要です。
07まとめ — そして連載⑧(データ規制)へ
一文でいえば、中国の労務は「書面契約・民主的手続・法定事由・経済補償金」を外すと、二倍賃金・無固定転換・2N(違法解雇)という形で跳ね返る——ということです。2025年の社保強制化・定年延長・競業避止の厳格化は、赴任設計・人件費計画・撤退コストに直結します。
人の労務まで整えたら、いまの中国進出で避けて通れないのがデータの扱いです。次回・連載⑧は、データ越境規制(PIPL)——個人情報を日本本社へ送るときの越境移転の3ルートと最新の緩和を扱います。
労務トラブルの多くは「入口の設計」で防げます。就業規則の民主的手続、契約期間の設計、社保の適正加入、補償コストの事前把握——これらは進出時・採用時に整えるべき論点です。ESPERANZA CONSULTING GROUPは、労務・税務・ビザを同じチームで扱えるため、人事と数字を分断せずに設計できます。
本記事は2026年6月時点の情報に基づく一般的な情報提供であり、個別の労務・法務助言ではありません。工会経費率・競業避止の補償率・地方運用などは地域により異なる場合があります。実際の判断にあたっては専門家にご確認ください。


