Vol.2 住民票抹消で税金回避?出国税・相続税リスクを解説

海外在住家族の税務シリーズ Vol.2

住民票抹消で税金回避?出国税・相続税リスクを解説

前の記事(Vol.1)では、住民票を残したままの税務リスクを解説しました。「じゃあ、抹消すれば解決?」――実はそんな単純な話ではありません。出国税や相続税の残存リスク、最適な抹消タイミングを解説します。

📌 このセクションでわかること:住民票の抹消と税法上の「住所」は別のものであること、そしてその教訓となった有名な裁判を解説します。

Vol.1で解説したとおり、税法上の「居住者」(税法上、日本に住んでいるとみなされる人)かどうかは、住民票ではなく「実際の生活の拠点」で決まります。

住民票抹消後も残る税務リスク チェックフロー

住民票を抹消しても残る3つの税務リスク:実質判定(生活の本拠)・相続税10年ルール・出国税(有価証券1億円以上)と抹消前チェックリスト
図:住民票の抹消で消えるのは「推定材料」だけ——実態・10年ルール・出国税は残る

この点を明確にした有名な裁判が武富士事件です。この裁判では、「住民票があるかどうか」よりも、「実際にどこで生活していたか」が重要だと最高裁が判断しました。

❓ よくある誤解

❌ 「住民票を抹消すれば、自動的に非居住者になる」
⭕ 正しくは:住民票を抹消しても、日本に家族や資産があると「生活の拠点が日本」と判断されるリスクがあります。

01住民票を抹消すると何が変わる?――効果と限界

📌 このセクションでわかること:住民票抹消で得られる効果と、それだけでは解決しない残存リスクを解説します。

項目 抹消の効果 残るリスク
所得税 「非居住者」の証拠の一つに 実際の生活拠点が日本だと居住者扱い
相続税 10年ルールの起点ではない(起点は実際に国内の住所が無くなった時。抹消は判断材料の一つ) 10年以内は世界中の財産に課税
マイナンバー 継続利用手続きをしなければ転出予定日に失効(2024年5月27日から、手続きをすれば国外でも継続利用可。マイナンバーカード総合サイト) 番号自体は廃止されず帰国時に再利用可

02相続税の10年ルール、抹消してもすぐには解放されない?

📌 このセクションでわかること:住民票を抹消しても、相続税のリスクがすぐ消えるわけではない理由を解説します。

Vol.1で解説した「10年ルール」——日本国籍を持つ人が、相続の開始前10年以内のどこかで日本国内に住所を有していた場合、相続時に日本国内に住所が無くても、世界中の財産に日本の相続税がかかる、というルールです(相続税法1条の3第1項2号イ(1)。No.4138 相続人が外国に居住しているとき(国税庁))。被相続人と相続人のそれぞれについて判定します。

住民票を抹消しても、実際に日本国内に住所が無くなった時から10年間はこのルールが続きます。つまり、抹消後すぐに相続が発生すると、海外の財産にも日本の相続税(最高55%。No.4155 相続税の税率(国税庁))がかかる可能性があります。なお10年のカウントは住民票を抜いた日ではなく、実際に日本国内に住所が無くなった日から進みます。

具体例:ご夫婦の場合

妻のBさん(日本国籍)が今年実際に日本を離れた場合、少なくとも10年後の2036年までは「世界中の財産に日本の相続税がかかる」状態が続きます(その後も、夫Aさんが非居住被相続人等に当たらなければ続きます)。例えば夫のAさん名義の海外不動産(5,000万円相当)にも日本の相続税がかかる可能性があります。

03出国税って何?――日本を離れるときにかかる税金

📌 このセクションでわかること:株式や有価証券を持っている方が日本を離れる際にかかる「出国税」の仕組みを解説します。

出国税(正式名称:国外転出時課税。日本を離れるときに、保有している株式などの「含み益」に課税される制度)は、金額と居住期間の2つの要件を両方満たしたときだけかかります。「1億円以上なら誰でも」ではありません(No.1478 国外転出をする場合の譲渡所得等の特例(国税庁))。

出国税がかかるのは、次の2つを両方とも満たす人だけです

① 1億円以上:国外転出の時に持っている有価証券等(株式・投資信託など)の価額と、未決済の信用取引・デリバティブ取引を決済したものとみなした損益の額の合計が1億円以上
② 居住5年超:国外転出の日の前10年以内に、日本国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超えている

片方でも欠ければ対象外です(所得税法60条の2第5項)。なお②の5年を数えるとき、入管法別表第一の在留資格(就労ビザなど)で在留していた期間は除かれます(所得税法施行令170条3項1号)。駐在で来日している外国籍の方が出国税の対象になることは、原則としてありません。

なぜこの制度があるのでしょうか?それは、「株価が上がった状態で海外に移住し、そこで売却して日本の税金を回避する」という行為を防ぐためです。

具体例:保有株式1億5千万円の場合

取得価額5,000万円の株式が、国外転出の時に1億5千万円になっているとします。含み益1億円を譲渡したものとみなして課税され、税率は所得税15.315%——株式等の譲渡所得の15%(租税特別措置法37条の10・37条の11)に復興特別所得税2.1%(復興財確法13条)が乗った税率です(2027年分からは復興特別所得税が1.1%になり、防衛特別所得税1%が加わりますが、合計は同じ15.315%です)。したがって税額は約1,531万円。実際には売却していないのに税金が発生する点が特徴です。

住民税(5%)はかかりません。住民税は、賦課期日である翌年1月1日に日本国内に住所がある個人に課される税で(地方税法24条1項1号・294条1項1号、39条・318条)、国外転出した方はその日に日本国内に住所がないためです。なお、地方税法は住民税の所得計算について所得税法60条の2から60条の4まで(国外転出時課税)の規定の例によらないと定めていますが(地方税法32条2項ただし書・313条2項ただし書)、株式等の譲渡所得は附則35条の2などの特例により32条1項・2項の規定にかかわらず別枠で計算されます。株式のみなし譲渡益に住民税がかからない根拠は、このただし書ではなく、上の1月1日に住所があるかどうかです。「約20%」という説明を見かけますが、それは日本にいるまま売却した場合の税率(所得税15.315%+住民税5%=20.315%。No.1463 株式等を譲渡したときの課税(国税庁))で、出国税の税率ではありません。

なお、暗号資産(仮想通貨)は出国税の対象外です。課税されるのは所得税法60条の2第1項の「有価証券等」(有価証券・匿名組合契約の出資持分。未行使のストックオプションや、譲渡制限が解除されていない特定譲渡制限付株式のうち、行使益や制限解除時の利益が国内源泉所得となるもの(政令で定めるもの)を除く)と、同条2項の未決済信用取引等・3項の未決済デリバティブ取引であり、暗号資産はここに含まれないためです。ただし暗号資産の制度そのものは見直しの途中にあり、金融審議会「暗号資産制度に関するワーキング・グループ」が令和7年12月10日に報告を公表しています。将来の改正で扱いが変わる可能性はあるため、動向はご確認ください(2026年9月時点で、出国税の対象に加えるという改正は行われていません)。

04抹消のベストタイミングはいつ?――判断のフレームワーク

📌 このセクションでわかること:住民票を抹消する最適なタイミングと、判断のための考え方を解説します。

抹消のタイミングは、以下の3つのポイントを総合的に考えて決めましょう。

チェック項目 具体的に
海外移住の確実性 帰国予定なし?数年の駐在?→長期なら抹消が有利
保有資産の状況 有価証券等1億円以上+国内居住5年超→出国税の影響を要確認
相続の可能性 高齢の親がいる→親が日本に住んでいる場合は、子の10年カウントに関係なく国外財産も課税対象。親と子それぞれの住所・国籍で判定

❓ よくある誤解

❌ 「抹消はいつでも同じ」
⭕ 正しくは:抹消のタイミングによって、出国税や相続税の負担が大きく変わります。専門家と相談のうえ決めましょう。

05「住民票抹消」と「戸籍削除」はどう違う?

📌 このセクションでわかること:混同しやすい「住民票抹消」と「戸籍削除」の違いを明確にします。

住民票抹消は「日本のこの住所にはもう住んでいません」という届出です。一方、戸籍(日本国籍を証明する公的な記録)はまったく別のものです。

住民票を抹消しても戸籍はそのまま残ります。日本国籍を失うわけではありませんので、安心してください。

そもそも「戸籍削除」という手続きはありません。日本国籍を失う手続きは国籍離脱の届出で、外国の国籍を持っている日本国民が法務大臣に届け出て行うものです(国籍法13条)。外国籍を持っていない方が「戸籍を消す」ことはできません。

06まとめ:抹消前に確認すべきチェックリスト

確認項目 チェック
海外移住は長期か? → 長期なら抹消が有利
有価証券等は1億円以上?+国内居住5年超? → 出国税の影響を確認
高齢の親がいる? → 相続税10年ルールのカウントを意識
納税管理人の選任は? → 出国前に届出を(国税通則法117条2項)。出国税では、この届出をしたかどうかで評価の時点が「国外転出の時」か「出国予定日の3か月前」かに変わります(所得税法60条の2第1項1号・2号)

📝 この記事のポイント3つ

1. 住民票抹消だけでは税務リスクは完全には消えない――実際の生活拠点が重要
2. 相続税の10年ルールは抹消後も続く――早めの対策が有利
3. 出国税は「有価証券等1億円以上」かつ「国内居住5年超」の両方を満たしたときだけ。税率は所得税15.315%で住民税はかからない

次の記事では、「海外在住の親から日本の子へお金を援助するとき、贈与税はどうなるのか?」を解説します。詳しくはVol.3へ。

あわせて読みたい:住民票を残したままのリスクについては「海外在住なのに住民票を残したまま?」を、海外の子への不動産支援については「不動産購入資金援助の贈与税」をご覧ください。

07よくある質問

Q. 出国税は全員にかかりますか?

いいえ。対象資産(株式・投資信託などの有価証券等)の時価合計が1億円以上で、かつ出国前10年以内に日本国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超える方が対象です。預貯金や不動産は出国税の対象資産に含まれません。

Q. 住民票抹消と戸籍削除は同じですか?

まったく別のものです。住民票抹消は「この住所にはもう住まない」という届出で、日本国籍はそのまま残ります。なお「戸籍削除」という制度はなく、日本国籍を失う手続きは国籍離脱の届出(国籍法13条)です。外国の国籍を持っている日本国民が法務大臣に届け出て行うもので、外国籍がない方は国籍を離脱できません。

Q. 出国税の対象になる資産は何ですか?

上場株式、未上場株式、投資信託などの有価証券等と、未決済の信用取引・デリバティブ取引が対象です。有価証券等の時価と、信用取引・デリバティブ取引を決済したものとみなした損益の額との合計が1億円以上で、かつ国外転出の日の前10年以内の国内居住期間が5年を超える場合に適用され、株式等の含み益(取得価額との差額)には所得税15.315%が課されます(住民税はかかりません)。不動産・預貯金・暗号資産は対象外です。

Q. 暗号資産(仮想通貨)は出国税の対象ですか?

対象外です。出国税がかかるのは所得税法60条の2第1項の「有価証券等」(有価証券・匿名組合契約の出資持分。一定の株式報酬等を除く)と、同条2項・3項の未決済信用取引等・未決済デリバティブ取引で、暗号資産はここに含まれないためです。ただし暗号資産の制度自体は見直しの途中で、金融審議会「暗号資産制度に関するワーキング・グループ」が令和7年12月10日に報告を公表しています。2026年9月時点で出国税の対象に加える改正は行われていませんが、動向はご確認ください。

Q. 出国税を納付した後、帰国したらどうなりますか?

国外転出の日から5年を経過する日までに帰国し、その資産を引き続き保有していれば、課税をなかったものにできます(所得税法60条の2第6項1号)。納税猶予の期限を10年に延長する届出をしていた場合は、この期間も10年になります(同条7項、137条の2第2項)。手続きは帰国の日から4か月以内の更正の請求で(同法153条の2)、期限を過ぎると取り消せません。

Q. 武富士事件とは何ですか?なぜ重要なのですか?

武富士事件(最高裁平成23年2月18日判決)は、海外に住所を移したうえで行われた贈与の課税が争われた判例です。最高裁は「住所」の判定にあたり実態を重視し、形式的な住民票だけでなく生活の本拠がどこかを基準にすると示しました。海外移住と税務を考える際の重要な判例です。

Q. 海外にいながら日本の仕事を続ける場合、住民票を抹消すれば日本の税金はかかりませんか?

住民票を抹消して税法上の非居住者になっても、日本国内にある不動産の賃料や日本国内で行った勤務に対応する給与などの「国内源泉所得」には、引き続き日本の課税が及びます。一方、非居住者が国外で行うリモートワークの対価は、原則として国内源泉所得に当たりません。どちらに当たるかは働き方の実態で判定されるため、海外リモートワークの確定申告ガイドもあわせてご確認ください。

主な根拠資料

本記事の条文・税率は2026年9月7日にe-Gov法令検索と国税庁・金融庁の公表資料で確認しました。出国税は評価額・要件の判定がいずれも個別性の高い論点です。該当しそうな方は、出国日を決める前にご相談ください。

SPOT CONSULTATION / スポット相談(有料)

顧問契約の前に、この論点だけ確かめたい——という場合は、単発の有料相談をご利用いただけます。Zoom・対面・メールから選べ、BIG4出身の有資格者が直接お答えします。料金とお申し込み方法はページに記載しています。

スポット相談を見る

日本語 / English / 中文
山口 淳也

この記事の監修

公認会計士・税理士・行政書士 山口 淳也/ ESPERANZA CONSULTING GROUP 代表

日本および海外のBIG4監査法人・税理士法人・FAS(ファイナンシャルアドバイザリー)にて、クロスボーダー税務・M&A・海外進出支援・国家プロジェクトなどの実務に従事。セミナー登壇多数。税務・会計・法務の専門的観点から、企業のグローバル展開や経営課題を多面的にサポート。