【第4回】外国人社員が帰国するとき、脱退一時金の6ヶ月要件と2つの落とし穴

退職・帰国シリーズ ④

外国人社員が帰国するとき、脱退一時金の6ヶ月要件と2つの落とし穴

外国人社員が帰国する際に請求できる「脱退一時金」。金額は数万〜数十万円にのぼりますが、要件を正しく理解していないと「もらえるはずだったのに請求できない」という事態が起こります。本記事では、受け入れ企業の人事担当者が押さえておくべき支給要件・手続き・2つの典型的な落とし穴を解説します。

01脱退一時金とは?

CHECK 01
6ヶ月要件
厚生年金保険の加入期間が6ヶ月以上が必須。短期間勤務者は対象外。
CHECK 02
請求期限
資格喪失日(その日に国内に住所があれば住所を有しなくなった日)から2年以内に請求。過ぎると請求できない。
CHECK 03
落とし穴
帰国後の請求遅延が頻発。受給時に退職所得として20.42%源泉徴収される点も要説明。

脱退一時金は、日本の年金制度に加入していた外国人が、年金を受け取れる期間(原則10年以上)に届かずに帰国する場合に、「払った保険料の一部を返してもらえる」制度です。厚生年金と国民年金それぞれに制度がありますが、企業で雇用していた外国人社員のケースでは、主に厚生年金の脱退一時金が論点になります。

支給額は「被保険者であった期間の平均標準報酬額 × 支給率」で計算され、長く働いていたほど金額が大きくなります(厚生年金保険法附則29条3項・4項)。支給率のもとになる月数の上限は60ヶ月(5年)で、60ヶ月以上のときの支給率は5.5です(厚生年金保険法施行令12条の2脱退一時金の制度(日本年金機構))。2021年(令和3年)4月に36ヶ月から60ヶ月へ引き上げられた水準が、2026年9月時点の現行です。

ただし、成立済みで施行を待っている改正があります。令和7年法律第74号(社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律)は、厚生年金保険法附則29条1項の要件を「日本国内に住所を有するとき」から「日本国内に滞在するとき」に改め、あわせて「再入国の許可(みなし再入国を含む)を受けているとき」を請求できない場合として追加します。この部分の施行日は同法附則1条ただし書12号により公布(令和7年6月20日)の日から起算して4年を超えない範囲内で政令で定める日とされており、2026年9月時点でその政令は出ていません。施行されれば、再入国許可を受けたまま出国した方は許可の有効期間中は請求できなくなるため、帰国が確定している社員への案内はいま以上に重要になります。

02支給要件——7つの条件をすべて満たすこと

厚生年金の脱退一時金を受け取るには、以下の7つの条件をすべて満たす必要があります。

脱退一時金の支給要件

① 厚生年金の被保険者期間が6ヶ月以上あること
② 日本国籍を有しないこと
③ 日本国内に住所を有しないこと(転出届が提出済みであること)
④ 障害厚生年金(障害手当金を含む)などの受給権を有したことがないこと(いま受けていなくても、過去に受給権を有したことがあれば請求できません)
⑤ 公的年金制度(国民年金・厚生年金保険)の被保険者でないこと
⑥ 老齢年金の受給資格期間(10年)を満たしていないこと
⑦ 最後に国民年金の被保険者資格を喪失した日(その日に日本国内に住所があった場合は、その後初めて住所を有しなくなった日)から2年を経過していないこと

根拠:厚生年金保険法附則29条1項本文(6か月以上・日本国籍を有しない・国民年金の被保険者でない・同法42条2号〔保険料納付済期間と保険料免除期間の合算10年以上〕に該当しない)とただし書1号〜3号。並べ方は日本年金機構「脱退一時金の制度」の支給要件に合わせています。

③でつまずくのは「住民票を残したまま出国した」ケース

条文の除外事由は「日本国内に住所を有するとき」「障害厚生年金等の受給権を有したことがあるとき」「2年を経過しているとき」の3つです(厚生年金保険法附則29条1項ただし書)。見落とされやすいのは1つめで、再入国許可(みなし再入国を含む)で出国しても、転出届を出さずに住民票を残していれば「日本国内に住所を有していない」を満たさず、請求できません。判定されるのは再入国許可の有無ではなく住所(住民票)の有無です。帰国が確定している社員には、出国前に市区町村へ転出届を出すよう案内してください。

特に重要なのが①の6ヶ月要件です。被保険者期間は「資格を取得した月から、資格を喪失した月の前月まで」で数えます(厚生年金保険法19条1項)。1月入社(1月資格取得)の社員なら、6月30日退職だと資格喪失日は7月1日、喪失月7月の前月=6月までが算入されて1月〜6月の6ヶ月で要件を満たします。ところが6月29日退職だと資格喪失日が6月30日、喪失月6月の前月=5月までしか算入されず5ヶ月で不足します。退職日が1日ずれるだけで受給の可否が変わるため、人事担当者は退職日の設定に注意してください。

厚生年金の脱退一時金の6か月要件の数え方を示す図。1月に資格を取得した社員が6月30日に退職すると資格喪失日は7月1日で、1月から6月の6か月が算入され請求できる。6月29日に退職すると資格喪失日は6月30日で、1月から5月の5か月しか算入されず請求できない。6か月以上あっても、日本国内に住所を有するとき、障害厚生年金などの受給権を有したことがあるとき、2年を経過しているときは請求できない(厚生年金保険法附則29条1項ただし書)。
図:被保険者期間は取得月から喪失月の前月まで——退職日が1日違うと6か月に届かないことがある

03落とし穴①:学生納付特例期間はカウントされない

日本の大学・大学院に留学してから就職した外国人社員の場合、留学中に国民年金の学生納付特例(学生の間は保険料の支払いを猶予してもらえる制度)を受けていることがあります。

「年金に加入していたのだから、その期間も合算できるのでは?」と考えがちですが、答えはノーです。

学生納付特例の落とし穴

学生納付特例は保険料の「猶予」であり、「納付済み」ではありません。猶予期間は脱退一時金の計算対象に含まれません。「年金に入っていた=期間としてカウントされる」とは限らない点を、本人にも説明しておきましょう。

04落とし穴②:国民年金期間との合算はできない

もうひとつ注意すべきなのが、厚生年金と国民年金の被保険者期間は合算できないという点です。

たとえば、国民年金に3ヶ月・厚生年金に4ヶ月加入していた場合、合計は7ヶ月ですが、厚生年金の脱退一時金の要件(6ヶ月以上)は「厚生年金の被保険者期間」で判定されるため、4ヶ月では要件を満たしません

国民年金の脱退一時金は別途請求できますが、こちらも国民年金の被保険者期間が6ヶ月以上必要です。制度ごとに独立して判定される点を覚えておいてください。

05請求手続きの流れ

ステップ 内容 注意点
1. 転出届の提出 帰国前に市区町村へ転出届を提出し、日本国内に住所がない状態にする 転出届がないと要件③を満たさない
2. 帰国 日本を出国する
3. 請求書の提出 日本年金機構に「脱退一時金請求書」を郵送 資格喪失日(その日に国内に住所があれば住所を有しなくなった日)から2年を経過する前に請求すること(附則29条1項ただし書3号)
4. 送金 審査後、本人の海外口座に送金される 中国向けはUSD建てで送金

06源泉徴収と還付の可能性

脱退一時金には20.42%の源泉徴収(税金の天引き)がかかります。つまり、手取り額は支給額の約8割になります。

脱退一時金から源泉徴収された20.42%が戻る流れの図。受け取るときに非居住者への支払として20.42%が源泉徴収され、翌年1月1日以後に退職所得の選択課税を選んで還付の申告書を提出し(出国後は納税管理人を通じて)、退職所得控除(勤続20年以下は40万円×勤続年数、80万円未満なら80万円)を差し引いて計算し直す。一時金が80万円以下で同じ年に他の退職手当等がなければ退職所得は0円となり源泉徴収税額は全額還付される。同じ年に会社の退職金も受け取っている場合は総額で計算するため還付が生じないこともある。
図:20.42%の源泉徴収は、退職所得の選択課税で翌年に還付を受けられることがある

ただし、退職所得として還付申告(払いすぎた税金を取り戻す手続き)を行うことで、天引きされた税金の一部が戻る可能性があります。還付申告は帰国後でも「納税管理人」(本人に代わって日本での税務手続きを行う人)を選任しておけば対応できます。退職前に納税管理人の届出を済ませておくよう、本人に案内しましょう。

企業側でやっておくべきこと

・退職日の設定を「6ヶ月要件を満たすかどうか」の観点で確認する
・本人に転出届の提出と2年以内の請求期限を案内する
・納税管理人の届出を退職前に済ませるよう案内する
・厚生年金被保険者期間の正確な月数を伝える(給与明細や資格取得確認通知書で確認)

制度の名前は「退職所得の選択課税」

脱退一時金は、厚生年金保険法に基づく一時金として退職手当等とみなされます所得税法31条1号)。そして日本で勤務していた期間に基因するものなので、国内源泉所得に当たります(同161条1項12号ハ)。非居住者となった方への支払なので、原則は20.42%の源泉徴収で終わりです。

ただしご本人は、その年中に支払を受ける退職手当等の総額を居住者として受けたものとみなして計算し直した税額による課税を選ぶことができます(同171条)。これを退職所得の選択課税といいます。選択すると、退職所得控除と2分の1課税(同30条)、そして超過累進税率(同89条)が適用されます。

なぜ「全額戻る」ことが多いのか

退職所得控除額は、勤続年数20年以下であれば40万円 × 勤続年数です(同30条3項1号)。さらに、この計算結果が80万円に満たない場合は80万円とされています(同30条6項2号)。

つまり脱退一時金の額が80万円以下で、同じ年に他の退職手当等を受けていなければ、退職所得の金額はゼロになり、税額もゼロです。この場合、源泉徴収された20.42%は全額が還付されます。勤続数年で帰国する方の脱退一時金は、この範囲に収まることが少なくありません。

注意:171条は「その年中に支払を受ける退職手当等の総額」で計算します。同じ年に貴社から退職金も支払っている場合は、脱退一時金と合算して判定します。退職金の額によっては、選択課税をしても還付が生じないことがあります。

申告できるのは「翌年1月1日以後」

還付を受けるための申告書は、その年の翌年1月1日(同日前に退職手当等の総額が確定した場合は、その確定した日)以後に提出できます(同173条1項)。年内に脱退一時金を受け取っても、通常はその年のうちには申告できません。なお、還付金には還付加算金が付きます(同条4項)。

この申告は非居住者となったご本人が日本国内で行うことになるため、出国前に納税管理人の届出を済ませていないと、実務上きわめて困難になります。なお、納税管理人の届出そのものは出国後でもできます国税通則法117条1項は「住所及び居所を有せず、若しくは有しないこととなる場合」の両方を対象にしています)。ただし帰国後に日本国内の便宜を有する人を探して届け出るのは実務上かなり難しいため、出国前に済ませておくよう人事から案内しておくのが現実的です。

07よくある質問

脱退一時金を受け取ると、将来の年金受給権はどうなりますか?

脱退一時金を受給すると、その期間の被保険者記録はリセットされます。将来、再来日して年金に加入する場合はゼロからのスタートになります。社会保障協定の発効国の場合は、脱退一時金を請求せずに期間通算するほうが有利なケースもありますので、本人に十分説明してください。

請求期限の2年を過ぎてしまった場合は?

最後に国民年金の被保険者資格を喪失した日(その日に日本国内に住所があった場合は、その後初めて住所を有しなくなった日)から2年を経過すると、脱退一時金は請求できなくなります(厚生年金保険法附則29条1項ただし書3号)。帰国後の手続き漏れを防ぐため、退職前に必要書類と手順を書面で渡しておくことを推奨します。

社会保障協定がある国の社員は、脱退一時金を請求すべきですか?

社会保障協定により年金加入期間を通算できる場合、脱退一時金を請求しないほうが将来の年金額で有利になることがあります。本人の年齢・加入期間・帰国後のキャリアプランを踏まえて判断が必要です。判断に迷う場合は専門家への相談を推奨します。

脱退一時金から引かれた20.42%は、どうすれば戻りますか。

退職所得の選択課税を選び、税務署に還付を受けるための申告書を提出します(所得税法171条・173条)。脱退一時金は退職手当等とみなされるため(同31条1号)、退職所得控除と2分の1課税で計算し直せます。退職所得控除額は勤続年数20年以下なら40万円×勤続年数で、計算結果が80万円に満たない場合は80万円とされています(同30条3項1号・6項2号)。脱退一時金の額が80万円以下で、同じ年に他の退職手当等がなければ税額はゼロとなり、全額が還付されます。

還付の申告は、脱退一時金を受け取ったらすぐにできますか。

できません。申告書を提出できるのは、その年の翌年1月1日以後です(その日より前に退職手当等の総額が確定した場合は、確定した日以後)。所得税法173条1項に定めがあります。そのため、出国前に納税管理人の届出を済ませておかないと、翌年になってから日本国内で申告と還付金の受取を行うことが実務上きわめて困難になります。(届出は出国後でも制度上は可能ですが、国内で便宜を有する人を後から探すことになります。)

外国人従業員の脱退一時金は、会社が代わりに請求できますか?

請求はご本人が行うものです。会社(人事)の役割は帰国前の案内で、①支給要件を満たしているかの確認、②転出届の提出が要件になっていること(再入国許可で出国しても住民票が残っていれば請求できません)の説明、③請求期限(2年)の案内が中心になります。帰国が確定した社員には出国前にまとめて伝えておくとトラブルを防げます。

厚生年金の払い戻し(脱退一時金の返金額)は、いくらくらいですか?

「被保険者であった期間の平均標準報酬額 × 支給率」で計算します(厚生年金保険法附則29条3項)。支給率は、最終月の属する年の前年10月の保険料率の2分の1に、被保険者期間の区分に応じた数を乗じた率で、月数の上限は60ヶ月(5年)、60ヶ月以上のときの支給率は5.5です(厚生年金保険法施行令12条の2。日本年金機構「脱退一時金の制度」)。たとえば平均標準報酬額が40万円で5年加入していた方なら、40万円 × 5.5 = 220万円が支給額の目安になります(ここから20.42%が源泉徴収されます)。

被保険者期間が6ヶ月(6か月)に満たない場合、脱退一時金はもらえませんか?

厚生年金の被保険者期間が6ヶ月以上あることが要件のひとつなので、6ヶ月未満では請求できません。このほか、②日本国籍を有しないこと、③日本国内に住所を有しないこと(転出届が提出済みであること)、④障害厚生年金(障害手当金を含む)などの受給権を有したことがないこと、⑤公的年金制度の被保険者でないこと、⑥老齢年金の受給資格期間(10年)を満たしていないこと、⑦最後に国民年金の被保険者資格を喪失した日(その日に日本国内に住所があった場合は、その後初めて住所を有しなくなった日)から2年を経過していないこと――の7つの条件をすべて満たす必要があります(厚生年金保険法附則29条1項)。

脱退一時金は、帰国後いつから請求できますか?

「日本国内に住所を有しないこと(転出届が提出済みであること)」が要件のため、請求できるのは出国・転出の後です(厚生年金保険法附則29条1項1号)。再入国許可(みなし再入国を含む)で出国しても、転出届を出さずに住民票が残っていればこの要件を満たさないため請求できません。判定されるのは再入国許可の有無ではなく住所の有無です。請求期限は、最後に国民年金の被保険者資格を喪失した日(その日に日本国内に住所があった場合は、その後初めて住所を有しなくなった日)から2年です(同項ただし書3号)。

主な根拠資料

本記事の条文・月数は2026年9月10日にe-Gov法令検索と日本年金機構の公表資料で確認しました。支給額の上限月数は過去に36月→60月と改正されており、今後も動き得ます。退職日の設定と請求可否の判定は、日付が1日違うだけで結論が変わるのでご相談ください。

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山口 淳也
この記事の監修

公認会計士・税理士・行政書士 山口 淳也/ ESPERANZA CONSULTING GROUP 代表

日本および海外のBIG4監査法人・税理士法人・FAS(ファイナンシャルアドバイザリー)にて、クロスボーダー税務・M&A・海外進出支援・国家プロジェクトなどの実務に従事。セミナー登壇多数。税務・会計・法務の専門的観点から、企業のグローバル展開や経営課題を多面的にサポート。