海外不動産の売却損は給与と損益通算できるか?【税理士監修】
海外不動産の売却損は給与と損益通算できるか?【税理士監修】
海外不動産の売却損は日本での給与所得と損益通算できるのか。税理士監修で実務上の判断基準を整理。
01海外不動産の売却損は日本の給与と損益通算できるか?
2021年改正後の「国外中古建物の損益通算制限」と減価償却の注意点。 富裕層の資産防衛と企業のグローバル人事のための、最新出口戦略レポート。
この記事の要点(Executive Summary)
- 1. 損益通算は原則不可: 海外不動産の売却損(譲渡損失)を、日本の給与所得等と通算することはできません(分離課税の原則)。
- 2. 「消えた償却費」は復活する: 2021年改正で損益通算を否認された減価償却費は、売却時の「取得費」として計算に組み入れ、譲渡益を圧縮できます。
- 3. 為替と期間の罠: 円安による為替差益課税や、「1月1日時点」での5年超保有(長期譲渡)判定に注意が必要です。
02なぜ「売却損」は給与と通算できないのか?
| 所得との組合せ | 損益通算可否 | 根拠 |
|---|---|---|
| 給与所得 | 不可 | 所得区分が異なる(譲渡vs給与) |
| 事業所得 | 不可 | 同上 |
| 不動産所得(賃料) | 不可(原則) | 譲渡損失は他の所得と通算不可 |
| 国内不動産譲渡益 | 可 | 同じ譲渡所得内で通算可能 |
| 海外不動産譲渡益 | 可 | 同上 |
| 株式譲渡益 | 不可 | 申告分離課税(別区分) |
分離課税の壁
不動産投資のリスク(価格変動)は投資家自身が負うべきものであり、その損失を給与所得の税金還付という形で補填することは制度上認められていません。 したがって、海外不動産で5,000万円の売却損が出たとしても、高額な給与所得の課税所得を1円も減らすことはできません。
032021年改正法の「救済メカニズム」を理解する
| 項目 | 〜2020年(改正前) | 2021年〜(改正後) |
|---|---|---|
| 国外中古建物の減価償却 | 給与と通算可(節税スキームで人気) | 給与との通算は不可 |
| 耐用年数の取扱い | 米国の中古木造で4年償却→巨額減価償却 | 同前提だが「給与との通算分」は損失として認められない |
| 売却時の調整 | — | 過去に控除できなかった償却費は取得費に加算して譲渡所得側で精算 |
| 主な対象者 | 高所得サラリーマン・経営者 | 富裕層の節税余地が大幅縮小 |
「なかったもの」とされた損失の行方
改正法では、海外中古建物から生じる不動産所得の損失のうち、減価償却費相当額は「生じなかったもの」とみなされます。しかし、この切り捨てられた金額は消滅するわけではありません。 売却時の譲渡所得の計算において、以下の式が適用されます。具体的なシミュレーション
- 購入額:5,000万円
- 売却額:4,500万円(▲500万円の値下がり)
- 減価償却累計:2,000万円
- うち、損益通算不可額:1,500万円
▼ 通常の計算(救済なしの場合)
取得費:5,000万 - 2,000万 = 3,000万 譲渡所得:4,500万 - 3,000万 = +1,500万円(架空利益に課税!)
▼ 改正法の特例適用(正しい計算)
有効な減価償却:2,000万 - 1,500万 = 500万 取得費:5,000万 - 500万 = 4,500万 譲渡所得:4,500万 - 4,500万 = 0円(課税なし)
※実際には損をしているのに税金がかかるという事態を防ぎ、税務上の中立性が保たれます。
04出口戦略における2つのリスク
取得時より円高で売却すると、円建てでは大幅な損失。譲渡損失と為替差損は別計算で、両方で不利になるケース。
米国・東南アジア等は外国人不動産投資への課税・規制が頻繁に変動。源泉徴収率・キャピタルゲイン税・相続税の現地税負担を出口で評価必須。
① 為替マジックの恐怖(円安の影響)
現在の歴史的な円安局面では、現地通貨ベースで損失が出ていても、円換算すると「利益」が出てしまうケースが多発しています。 譲渡所得は、売買それぞれの時点でのTTM(仲値)で円換算して計算されます。 例えば、1ドル110円で購入した物件を、1ドル150円で売却した場合、物件価格が10%以上下落していても、為替差益だけで数千万円の利益(譲渡所得)が発生する可能性があります。この為替差益にかかる税率は、下の表のとおり保有期間で倍近く変わります。譲渡した年の1月1日で5年超なら20.315%(所得税15%×1.021+住民税5%)ですが、5年以下だと39.63%(所得税30%×1.021+住民税9%)です(措置法31条1項・32条1項。No.3208 長期譲渡所得の税額の計算(国税庁))。「約20%」で見積もると短期の場合に倍近く外れるので、キャッシュフローの試算では必ずどちらの区分かを先に確定させてください。② 「1月1日時点」の5年ルール
不動産の譲渡税率は、保有期間によって2倍近く変わります。判定基準は「譲渡した年の1月1日」である点に最大の注意が必要です。| 所得区分 | 要件(譲渡年の1月1日時点) | 合計税率(住民税含) |
|---|---|---|
| 短期譲渡所得 | 保有期間が5年以下 | 39.63% |
| 長期譲渡所得 | 保有期間が5年超 | 20.315% |
※「満5年経った翌日に売る」のではなく、「6回目のお正月を迎えてから売る」ことが鉄則です。
主な根拠資料
- 国外中古建物の損益通算制限と取得費の調整——租税特別措置法 第41条の4の3(令和2年法律第8号で創設・令和3年以後の各年に適用)(e-Gov法令検索)/租税特別措置法施行規則 第18条の24の2(対象は簡便法・根拠書類のない見積法に限る)(同)/所得税法 第38条第2項(取得費から控除する償却費の累積額)・第69条第1項(損益通算)(同)/No.1391 不動産所得が赤字になったとき(国税庁)
- 譲渡所得の分離課税と税率——租税特別措置法 第31条第1項(長期譲渡・15%)・第32条第1項(短期譲渡・30%)・第41条の5(居住用財産の譲渡損失。譲渡資産・買換資産とも国内にあるものに限る)(e-Gov法令検索)/No.3208 長期譲渡所得の税額の計算(国税庁)
- 国外財産調書——内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律 第5条第1項(提出義務・翌年6月30日)・第6条(加算税の5%加減算)・第10条(1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)(e-Gov法令検索)/国外財産調書制度(国税庁)
本記事の条文・税率は2026年9月10日にe-Gov法令検索と国税庁の公表資料で確認しました。現地国の課税関係は各国の制度と租税条約によります。個別の物件・年分の判定は事実関係で変わりますので、実行前に必ず個別にご確認ください。
05総括と提言
富裕層が保有する海外不動産の出口戦略は、単なる物件売却ではなく、高度な税務プロジェクトです。 特に企業のエグゼクティブや人事担当者は、以下の3点を確認する必要があります。- 過去の申告書の精査:特例適用により否認された損失額(=将来の取得費)を正確に記録しているか。
- 二重課税の調整:米国不動産等の場合、現地での税金(Recapture Tax等)を日本の確定申告で「外国税額控除」として適切に処理できるか。
- コンプライアンス:「国外財産調書」の提出漏れはないか。提出義務があるのは、その年の12月31日において国外財産の価額の合計額が5,000万円を超える居住者(非永住者を除く)で、期限は翌年6月30日です(国外送金等調書法5条1項)。不提出や虚偽記載には1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が定められており(同10条)、記載があれば過少申告加算税等が5%軽減、記載がなければ5%加重されます(同6条)。
- 所得区分の事前シミュレーション売却年度の他の所得(株式・国内不動産・給与)を見据えて譲渡所得との通算余地を試算。
- 2021年改正後の取得費加算を活用過去に通算できなかった減価償却費は売却時の取得費に加算可能。記録を完全に保存しておく。
- 為替・現地税の出口時評価円建て・現地通貨建ての両方で実質手取りを試算。源泉徴収率・キャピタルゲイン税の現地確認を必須に。
▶ 国外の株式を売却して損失が出た場合の損益通算の可否は、外国株式報酬を売却したときの確定申告|取得費・為替・損益通算の壁で整理しています。
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公認会計士・税理士・行政書士 山口 淳也/ ESPERANZA CONSULTING GROUP 代表
日本および海外のBIG4監査法人・税理士法人・FAS(ファイナンシャルアドバイザリー)にて、クロスボーダー税務・M&A・海外進出支援・国家プロジェクトなどの実務に従事。セミナー登壇多数。税務・会計・法務の専門的観点から、企業のグローバル展開や経営課題を多面的にサポート。


