RSU・ストックオプションを持ったまま海外移住——出国税と株式報酬の税務を税理士が解説
RSU・ストックオプションを持ったまま海外移住——出国税と株式報酬の税務
外資系・スタートアップで働く方の海外移住では、給与よりも株式報酬(RSU・ストックオプション)と保有株式が税務の主役になります。日本には、出国時に含み益へ課税する出国税(国外転出時課税)があり、資産1億円がそのラインです。何が対象で、何が対象外か。売って出るべきか、持って出るべきか。結論は「出国前」にしか選べません。この記事で、判定から手続きまでを一気に整理します。
01株式報酬×海外移住は、なぜ「出国前」がすべてなのか
📌 このセクションでわかること:株式報酬を持つ人の海外移住が、普通の移住と決定的に違う理由を解説します。
海外リモートワークや海外移住の税務全般は「海外でリモートワークする日本人が直面する税務論点まとめ」で解説したとおり、居住者判定から始まります。しかし、RSU・ストックオプション・自社株を持つ方には、もう一つ大きな論点が加わります。「売却」ではなく「出国そのもの」が課税イベントになる——それが出国税(国外転出時課税)です。
そして株式報酬には、出国後も日本の課税が「追いかけてくる」性質があります。出国前の設計を誤ると、①出国時のみなし譲渡課税、②出国後のvestへの日本課税、③移住先での課税——の三重の論点が無秩序に襲ってきます。逆に、出国前に整理すれば、それぞれに打ち手があります。
❓ よくある誤解
❌ 「海外に移住すれば、株の税金は日本と無関係になる」
⭕ 正しくは:出国の瞬間に含み益へ課税される制度(出国税)があり、出国後にvestするRSUの国内勤務分も日本で課税されます。移住は「課税の終わり」ではなく「課税イベント」です。
02出国税の基本——「1億円×5年超」で発動する
📌 このセクションでわかること:出国税(国外転出時課税)の発動条件と課税の仕組みを、株式報酬ホルダー目線で整理します。
出国税(所得税法60条の2。2015年7月導入)は、次の2つを同時に満たす居住者が日本を出国(国内に住所も居所も持たなくなること)するときに発動します。
| 要件 | 内容 |
| ① 資産要件 | 対象資産(株式・投資信託などの有価証券等、未決済の信用取引・デリバティブ)の時価合計が1億円以上 |
| ② 居住期間要件 | 出国前10年以内に日本に住所・居所を持っていた期間の合計が5年超(就労系など在留資格別表第一での期間は除外) |
発動すると、対象資産を出国の時に時価で譲渡したものとみなして、含み益に15.315%(所得税+復興特別所得税。住民税はかかりません)が課税されます。売っていない株への課税なので、納税資金が問題になります——そのための納税猶予(5年、届出により10年)と、帰国時の課税取消しが用意されています(詳しくはセクション06と07で)。
制度の全体像は「住民票抹消で税金回避?出国税・相続税リスクを解説」もあわせてご覧ください。
03あなたの株式報酬は「対象」か——RSU・SO・RS別の判定
📌 このセクションでわかること:この記事の核心です。株式報酬の種類と状態によって、出国税の対象かどうか(=1億円判定に入るかどうか)が分かれます。
| 株式報酬の種類・状態 | 出国税の対象・1億円判定 | 理由 |
| 未確定(vest前)のRSU | 対象外・判定に入らない | 株式交付前の契約上の権利であり、そもそも「有価証券」に当たらない |
| 未行使のストックオプション(税制適格・非適格とも) | 対象外・判定に入らない※ | 行使益が国内源泉の給与等となるものは明文で除外(所得税法60条の2第1項かっこ書・施行令170条1項) |
| 譲渡制限が解除されていないRS(特定譲渡制限付株式) | 対象外・判定に入らない※ | 制限解除時の利益が国内源泉給与となるものは明文で除外(施行令170条1項1号) |
| vest済みのRSU株式・SO行使後の株式 | 対象・判定に入る | 株式として保有していれば通常の有価証券。税制適格SOの未課税の行使益も含み益として課税対象に |
| 上場株・投資信託・NISA内・海外口座の株式 | 対象・判定に入る | NISA内も含み損銘柄も国外保有分も、時価で合算(国税庁FAQ) |
※「対象外」の重要な条件
未行使SO・制限未解除RSの除外は、その利益が日本の国内源泉所得(給与等)を生ずべきものである場合に限られます。付与から権利確定までの勤務がもっぱら国外で行われたSO等はこの除外に当たらないことがあります。また、税制適格SOを「社外高度人材(特定従事者)」として付与された方には、1億円基準とは別枠の国外転出時課税の特例(租税特別措置法29条の2)があります。該当し得る方は個別にご確認ください。
04「1億円」判定の落とし穴——NISAも含み損も海外口座も入る
📌 このセクションでわかること:「自分は1億円もない」と思っている方ほど読んでいただきたい、判定の実務です。
1億円の判定は「含み益が1億円」ではなく、対象資産の時価合計が1億円です。そして国税庁FAQが明言するとおり、次のすべてを含めて合算します。
1億円判定に「入る」もの——見落としがちな順
1. NISA口座内の株式・投信——譲渡が非課税でも判定には含めます
2. 含み損の銘柄——利益が出ているかに関係なく時価で合算
3. 海外の証券口座で保有する株式——国外保有分も対象資産です
4. 税制適格SO行使後の株式——課税繰延べされていた行使益ごと含み益として課税対象に
逆に、現金・預金・不動産・暗号資産は対象資産に含まれません。「株式10,500万円+現金3,000万円」の方は対象ですが、「株式9,500万円+現金1億円」の方は対象外——境界線上の方は、出国前の資産構成の設計そのものが対策になります。
なお、判定の「時点」は手続きによって変わります。納税管理人の届出をして出国する場合は出国時の時価、届出をせずに出国前に申告する場合は出国予定日の3か月前の日の時価で判定・計算します。株価が動いている局面では、この違いだけで対象かどうかが変わることがあります。
05出国後にvestするRSUは、日本で課税され続ける
📌 このセクションでわかること:出国税を無事に通過しても終わりではありません。未確定RSUの「その後」を解説します。
未確定のRSUは出国税の対象外です——しかしそれは「日本の課税から自由になった」という意味ではありません。出国後(非居住者になった後)にvestしたRSUの利益のうち、付与からvestまでの期間に占める日本勤務期間に対応する部分は、日本の国内源泉所得(給与等)として課税されます(勤務期間按分)。
| 支払いの経路 | 日本側の課税方法 |
| 内国法人(日本子会社等)経由で支給 | 国内勤務対応分に20.42%の源泉徴収 |
| 海外親会社から直接付与・交付 | 源泉徴収されないため、自分で申告・納税(所得税法172条。vestした年の翌年3月15日まで) |
とくに海外親会社から直接付与されるケースは源泉徴収がなく、申告漏れがそのまま無申告になります。国外送金等調書やCRSで資金の流れは把握されている前提で、出国前に「出国後のvestスケジュールと申告計画」まで作っておくことが重要です。企業の人事担当者向けには「RSU課税の実務(HR向け)」でも解説しています。
06売って出るか、持って出るか——20.315% vs 15.315%+猶予
📌 このセクションでわかること:株式報酬ホルダー最大の意思決定を、数字で比較します。
意外に思われる方が多いのですが、「出国前に売って出る」ほうが税率は高いのです。居住者のままの売却は譲渡益に20.315%(住民税5%込み)、出国税のみなし譲渡は15.315%(住民税なし——住民税は翌年1月1日に住所がある人に課され、法律上も出国税のみなし益は住民税の対象から明文で除外されています)。
それでも「売って出る」が合理的な場面はあります。納税資金をその場で確保できること、NISA内の利益を居住者のうちに非課税で確定できること、含み損銘柄との損益通算で全体の税額を圧縮できること。一方「持って出る」は、納税猶予(担保提供と毎年の継続届出書が条件)でキャッシュアウトを先送りでき、5年(延長で10年)以内に帰国すれば課税を取り消せる(出国時の対象資産を保有し続けていた場合)——数年の海外挑戦なら極めて有力です。猶予期限が到来した時点で株価が出国時より下がっていた場合や、猶予中に実際に売却した価額が出国時より低い場合には、下落後の価額で計算をやり直して減額できる救済もあります。
移住先での課税も忘れずに
出国税を通過した後の売却は、日本側では原則課税されません(恒久的施設のない非居住者の株式譲渡益は原則国内源泉所得に当たらないため。事業譲渡類似株式など一部の例外はあります)——だからこそ出国時に課税する制度が作られたわけです。一方、移住先で売却したときの課税は移住先の税制次第です(シンガポール・香港などキャピタルゲイン非課税の国もあれば、米国のように全世界所得課税の国もあります)。日本側の設計と移住先側の課税をセットで比較して初めて「どちらが得か」が決まります。
07手続きタイムライン——期限を逃すと選択肢が消える
📌 このセクションでわかること:出国税は「知っているか」より「期限内に手続きしたか」で結果が変わります。
| 手続き | 期限 | 逃すとどうなるか |
| 納税管理人の届出 | 出国の時まで | 出国時までの準確定申告が必要になり、納税猶予も使えない |
| 納税猶予の選択+担保提供 | 確定申告書の提出期限まで | 猶予なし=申告期限までに15.315%を即納 |
| 継続適用届出書 | 猶予中、毎年3月15日 | 提出漏れで猶予打切り——利子税とともに即納付 |
| 帰国時の取消し(更正の請求等) | 帰国から4か月以内 | 取消し(還付)の権利があっても手続きしなければ戻らない |
| 特定口座・NISAの継続適用届出 | 出国前(証券会社ごと) | 特定口座廃止・一般口座払出し等。対応は証券会社により大きく異なる |
08まとめ:出国前チェックリスト
| チェック | ポイント |
| 対象資産の棚卸しと1億円判定 | vest済み株式・NISA・海外口座・含み損まで時価で合算。未確定RSU・未行使SOは入れない |
| 売る銘柄・持つ銘柄の設計 | 20.315% vs 15.315%+猶予、損益通算、納税資金、帰国可能性から逆算 |
| 出国後のvestスケジュール把握 | 国内勤務按分で日本課税が続く。直接付与は172条申告を忘れずに |
| 納税管理人・各種届出 | 出国の時までが期限。猶予・申告パターン・判定時点まで連動して決まる |
| 移住先の課税・租税条約の確認 | 日本側だけで最適化しない。現地のキャピタルゲイン課税とセットで設計 |
📝 この記事のポイント3つ
1. 出国税は「1億円×5年超」で発動——未確定RSU・未行使SOは対象外だが、vest済み株式・NISA・海外口座は時価で判定に入る
2. 「売って出る」は20.315%、「持って出る」は15.315%+納税猶予+帰国取消し——戻る可能性と移住先の税制で決める
3. 出国後にvestするRSUの国内勤務分は日本で課税され続ける——出国前に申告計画まで作るのが防御の要
あわせて読みたい:海外移住の税務全体は「海外リモートワークの税務論点まとめ」、外貨資産の課税は「円に戻さなくても課税——為替差益の最高裁判決」をご覧ください。
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09よくある質問
Q. 未確定(vest前)のRSUは1億円の判定に入りますか?
入りません。株式交付前のRSUは契約上の権利であり、対象資産である「有価証券等」に当たらないためです。ただし出国後にvestした際は、国内勤務期間に対応する部分が日本で課税されます(セクション05参照)。
Q. NISA口座の中の株式も判定に入りますか?
入ります。国税庁FAQが明言しており、譲渡が非課税となるNISA口座内の上場株式等や含み損の銘柄、海外の証券口座で保有する株式も、すべて時価で合算して1億円を判定します。
Q. 出国前に全部売却すれば出国税はかかりませんか?
売却して対象資産が1億円未満になれば出国税の対象にはなりません。ただし売却益には20.315%(住民税5%込み)が課税されます。出国税の15.315%より税率は高いため、「回避」というより「先に払って身軽になる」選択です。納税資金の確保やNISAの非課税確定にはメリットがあります。
Q. 納税猶予の途中でRSUがvestしたら、猶予は打ち切られますか?
打ち切られません。猶予の期限が確定するのは「出国時に課税された対象資産」を譲渡・決済・贈与した場合だけで、出国後に新しく取得した株式の売却も猶予には影響しません。ただしvest益の国内勤務分への課税は別途生じ、毎年の継続適用届出書の提出漏れによる猶予打切りは別の話として注意が必要です。
Q. 海外の証券口座に移してから出国すれば対象外になりますか?
なりません。国外で保有する有価証券も対象資産に含まれます。海外口座の残高や取引はCRS(共通報告基準)により各国税務当局間で自動共有されており、2026年からは暗号資産についてもCARF(暗号資産等報告枠組み)に基づく報告制度が始まり、2027年以降は各国当局間の自動的情報交換が予定されています。
Q. 数年で日本に戻る予定です。それでも出国税を払うのですか?
納税猶予を選択すれば、出国から5年(延長で10年)以内に帰国し、対象資産を保有し続けていた場合、帰国から4か月以内の更正の請求などの手続きで課税を取り消せます。「数年の海外挑戦」なら猶予+帰国取消しの設計が定石です。
Q. 税制適格ストックオプションはどう扱われますか?
未行使の適格SOは原則として対象資産に入りませんが、行使して株式にした後は、課税が繰り延べられていた行使益も含めた含み益全体が出国税の対象になります。なお適格SO由来の株式には、非居住者になってから売却しても譲渡益が日本で課税される建付けがあり(租税特別措置法29条の2。租税条約により制限される場合があります)、「社外高度人材(特定従事者)」として付与を受けた方には1億円基準とは別枠の出国時特例もあります。適格SOをお持ちの方の移住は、特に事前の個別設計が重要です。
公認会計士・税理士・行政書士 山口 淳也/ ESPERANZA CONSULTING GROUP 代表
日本および海外のBIG4監査法人・税理士法人・FAS(ファイナンシャルアドバイザリー)にて、クロスボーダー税務・M&A・海外進出支援・国家プロジェクトなどの実務に従事。セミナー登壇多数。税務・会計・法務の専門的観点から、企業のグローバル展開や経営課題を多面的にサポート。

