中国の商標・ブランド保護 — 先願主義と「冒認出願」対策【連載⑨】

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中国進出 | 連載⑨

中国の商標・ブランド保護 — 先願主義と「冒認出願」対策【最終回】

データ(連載⑧)まで整えたら、最後に守るべきはブランドです。中国は強い先願主義(先使用に限定的な例外あり)——日本のような「使用していれば守られる」が通用せず、先に出願した者が勝つ世界です。進出前に手を打たないと、商標ブローカー(squatter)に自社ブランドを先取りされ、中国で使えなくなる・高額で買い戻す事態に陥ります。本稿(全9回シリーズの最終回)は、先願主義・悪意出願規制・類似群・出願ルート・冒認対抗・不使用取消、そして進出前の5ステップを整理します。

01大原則 — 強い先願主義(先使用に限定的な例外あり)と「進出前出願」

中国商標の出発点は強い先願主義(先使用に限定的な例外あり)です。使用実績は登録の前提ではなく、先に出願・登録した者が権利者になります(商標法第31条)。

先願主義のタイムラインと進出前出願の重要性
図:先願主義のタイムライン — 事業開始の12〜18か月前に出願着手
  • 同一・類似の商品に2以上の出願があれば先願者が登録を受けます(同日出願のみ先使用者が優先)。なお商標法59条3項は、登録出願前から一定の影響を有する先使用者に対し原使用範囲内での継続使用抗弁を認めており、先使用が完全に無保護というわけではありません。
  • だからこそ「進出前出願」が最重要施策。販売・展示会・商談に先立って出願を済ませないと、ブローカーに先取りされます。審査は順調で出願から約6〜9か月、異議等を含め12〜18か月。事業開始の最低12〜18か月前の着手が安全です。

02悪意出願の規制(第4条)と運用強化

2019年改正商標法・第4条が「使用を目的としない悪意の商標出願は拒絶する」と明文化し、審査官が職権で拒絶できるようになりました。

  • 「悪意」と「使用意図の欠如」は累積要件(両方が必要)。使用意図がないだけでは必ずしも悪意とは限りません。
  • 第4条は異議(第33条)・無効審判(第44条)にも連動します。なお2019年11月1日以降の出願に適用され、遡及効はないとみられます(確定的な司法解釈は未発出のため断定は避けます)。
  • 運用も強化され、CNIPAは2023年に約47万件の悪意出願・登録行為を取り締まり、その後も継続しています。

第5次商標法改正(2025〜2026・審議中)は、「使用目的がなく正常な事業の必要を明らかに超える出願」を拒絶・取消事由とし、悪意出願規制を一段と強化する方向です。2026年中の公布が見込まれ、施行内容は追跡が必要です。

商標法第4条による悪意出願の職権拒絶 — 累積要件と運用強化の流れ
図:第4条の累積要件と運用強化 — 2019施行から第5次改正まで

03ニース分類と「類似群」— 区分番号だけでは穴が空く

中国はニース国際分類(45区分)を採用しますが、独自の「類似群(类似群组)」制度を併用するのが最大の特徴です。

ニース区分と類似群の入れ子構造
図:区分と「類似群」の入れ子 — 同一区分でも類似群が違えば保護が及ばない
  • 各区分はさらに類似群に細分され、原則として同一類似群内の商品だけが「類似」と判断されます。異なる類似群は同一区分内でも非類似(例:第25類でも「靴」と「靴下」は非類似)。
  • 「区分番号さえ取れば安心」は誤り。どの類似群をカバーするか(指定商品の設計)が決定的です。
  • 防御区分として、ブローカーに狙われやすい第35類(小売・EC)・第9類(アプリ・電子)・第25類(被服)の先行登録が定石。ただし広げすぎは不使用取消(後述)リスクと裏表です。

04出願ルート — 直接出願 vs マドリッドプロトコル

日系企業には中国直接出願(CNIPA国内出願)がほぼ常に推奨されます。

マドリッドプロトコルと直接出願の比較
図:マドプロ vs 直接出願 — 中国単独指定なら直接出願が原則優位

直接出願の最大の利点はカバーする類似群を自分で選べることです。マドプロ経由は、(1)基礎商標に5年従属(セントラルアタック)、(2)指定商品を職権で類似群に振り分けられ穴が生じやすい、(3)WIPO処理を挟む分、審査着手が概ね3〜5か月遅い——という理由で、中国単独指定では直接出願が優位です。委任状は署名のみで公証・認証は不要です。

出願・登録・更新の手数料一覧
図:出願 〜 登録 〜 更新の手数料(電子出願ベース)

公式手数料は電子出願1区分270元(紙300元)・商品10件まで、超過は電子1件27元(紙30元)。更新は1区分500元(電子450元)で、満了後6か月の猶予期間は遅延手数料(紙申請250元・電子申請225元)が加算されます。存続期間は10年で、更新は満了前12か月以内に。更新漏れで失効しないよう商標ポートフォリオ台帳での期限一元管理が必須です。

05冒認出願への対抗と、OEMの落とし穴

先取りされてしまった場合の冒認対抗は、類型ごとに条文を使い分けます。

冒認出願への対抗手段マップ
図:冒認出願への対抗 — 類型別の法的根拠と立証
  • 第15条:代理店・ライセンシー等が無断で出願(過去の代理関係でも可)。第32条前段:商号・著作権・意匠等の先行権利の侵害(ロゴの中国著作権登録が有力な補完)。第32条後段:一定の影響力ある先使用商標の不正先取り(悪意+先使用+知名度の立証が必要でハードル高)。第4条:悪意+無使用。
  • 悪質な侵害には第63条で最大5倍の懲罰的損害賠償(法定上限500万元)。悪意出願を幇助した代理機関が共同責任を負った裁判例もあります。
OEM商標リスク:判例の変遷
図:OEM商標リスク — HONDA判決(2019)で「輸出専用=非侵害」が覆る

OEM(輸出専用生産)にも注意。2019年の最高人民法院HONDA判決は、輸出専用OEMでも商標を付す行為は「商標的使用」に当たり侵害になりうると判示しました(判断基準は「中国の関連公衆に混同を生じうるか」)。中国でOEM委託する日系企業は、自社商標の中国登録がないと税関差押え・侵害提訴のリスクに晒されます。

06不使用取消(撤三)と、使用証拠の備え

登録後3年間、正当な理由なく不使用だと、第三者が「不使用取消(撤三)」を申請できます。これは攻めと守りの両面を持ちます。

  • 攻め:自社ブランドを先取りしたブローカー登録に撤三を仕掛けて消せます。
  • 守り:防衛的に取った商標も3年使わないと取り消されえます。撤三が来たら、登録者が直近3年の使用証拠を立証しないと取り消されます。
撤三に備える使用証拠ピラミッド
図:撤三防御の使用証拠 — 発票(fapiao)が最重要

CNIPAが最も重視する証拠は発票(fapiao=公式税務インボイス)と銀行突合済みインボイス。これに取引明細付きEC記録・税関輸出申告・ライセンス契約・日付入り広告物が続きます。集計スクショや発票裏付けのない請求書は不十分です。子会社の経理・販促部門に区分ごとの「使用証拠ファイル」を直近3年分整備させるのが定石です。

撤三申請側に2025年から課される立証負担
図:撤三を「仕掛ける」側に2025年から課される立証負担

2025年5月のCNIPAガイダンスで、撤三を申請する側にも立証負担が課されました(登録者の経営状況調査・3以上のプラットフォームでの検索結果・濫用でない旨の承諾書)。2025年6月以降はやや緩和傾向ですが、ブローカー排除で撤三を使う際の事前調査コストは上がっています

07進出前ブランド保護 5ステップ / シリーズの結び

最後に、進出前にやっておくべき5ステップです。これを怠ると、後から取り返すのは困難です。

進出前ブランド保護 5ステップ・チェックリスト
図:進出前ブランド保護 5ステップ・チェックリスト
  • 中文表記・ピンイン・現地愛称も出願(放置すると市場が付けた俗称を先取りされる)/②図形ロゴと文字を分けて出願/③主力+防衛区分(35/9/25類)/④中国著作権でロゴを補強/⑤出願前にCNIPAで先行調査

シリーズの結び。本連載は①進出形態 → ②会社設立 → ③就労ビザ → ④会計・税務 → ⑤利益送金 → ⑥撤退・清算 → ⑦労務 → ⑧データ規制 → ⑨商標と、中国進出の入口から出口、そして横断論点までを一本の線で追ってきました。源泉税率も、撤退コストも、ブランドが守れるかも——すべては進出時にどう設計したかで決まります。「出口で困らないために、入口で設計する」。これが全9回を貫くメッセージです。ESPERANZA CONSULTING GROUPは、税務・会計・労務・ビザ・知財を同じチームで横断し、進出から運営・出口まで分断せずに伴走します。構想段階の壁打ちから、お気軽にご相談ください。

本記事は2026年6月時点の情報に基づく一般的な情報提供であり、個別の法務助言ではありません。手数料・手続・判例の評価・改正動向は変更される場合があります。実際の出願・権利行使にあたっては専門家にご確認ください。