外国人起業家シリーズ第4回:設立後の最初の1年でやるべきこと:税務・会計・労務・法務の実務完全ガイド

外国人起業家シリーズ第4回:設立後の最初の1年でやるべきこと

日本で法人設立の登記を終えた段階では、一通り手続きが完了したように感じるかもしれません。しかし実際には、登記後直ちに着手すべき重要な事務手続きが数多く残されています。特に、日本独自の税務・社会保険制度への対応は必須であり、これを怠れば後々ペナルティや信用失墜につながる恐れもあります。以下では、設立後の最初の一年間に実施すべき主要な事項を体系的に整理します。

・税務関係の届出(法人設立届出書、青色申告承認申請書、給与支払事務所等の開設届出書 など)
・地方税の届出(都道府県・市町村への法人設立届出書提出。例:東京都では事業開始日から15日以内)
・各種許認可の取得(業種に応じて必要な営業許可・登録の手続き)
・銀行口座の開設(法人名義の銀行口座を開設し、資金管理体制を構築)
・社会保険・労働保険への加入(健康保険・厚生年金、労災保険・雇用保険の加入手続き)
・会計・経理体制の整備(記帳の開始、会計ソフト導入、経費精算ルール設定 等)
・各種税務申告の準備(決算業務の計画、法人税・消費税の申告準備 等)

以上が、会社設立後に必ず必要となる基本的な手続きの全体像です。次章からは特に重要度の高い「税務・会計」と「専門家(税理士)との連携」について詳しく解説します。

税務・会計:記帳と申告を最優先に

1年目の会計処理と税務申告 – 会社設立直後から、すぐに会計処理(記帳)を開始することが肝要です。近年はクラウド会計ソフトの活用も一般的で、領収書類の電子管理や自動仕訳機能により経理事務を効率化できます。すべての取引(売上や経費、資金の出入り)を漏れなく記録し、領収書や請求書を整理・保管してください。適切な記帳を行うことで、決算時の法人税申告に備えるだけでなく、事業の収支状況をタイムリーに把握できます。特に創業初年度は事業に集中するあまり記帳を後回しにしがちですが、後からまとめて処理しようとするとミスが生じたり締切に間に合わなくなったりする恐れがあります。

青色申告の活用 – 日本の法人税制には「青色申告制度」があり、適切な帳簿を備え一定の要件を満たすことで欠損金(赤字)の繰越控除(最長10年間)など各種税務上のメリットを享受できます。新設法人が初年度から青色申告を行うには、原則として設立日から3か月以内(もしくは最初の事業年度終了日の前日までの早い方)に所轄税務署へ青色申告承認申請書を提出する必要があります。この期限を過ぎると初年度は原則として青色申告が適用できなくなるため、忘れずに届出を行いましょう。また、青色申告を行うためには複式簿記による記帳や決算書類の作成が求められるため、日頃からの正確な会計記録が不可欠です。

法人税・消費税など各種申告 – 事業年度終了後には法人税の確定申告が待っています。日本の法人税申告書(確定申告書)は通常、決算期末から2か月以内に提出し税金を納付する必要があります。例えば12月決算の会社であれば翌年2月末が申告・納税期限となります(青色申告を行っている場合で電子申告等の要件を満たせば1か月の申告期限延長が認められるケースもあります)。初年度は利益が出ず法人税額が生じない場合でも、必ず申告書の提出が必要です。「無申告」のまま放置すると、後日申告しても本来納める税額に加え無申告加算税や延滞税といったペナルティが課される可能性があります。

また、資本金1,000万円未満の新設法人は通常、設立後最初の2期は消費税の納税義務が免除されますが、大きな設備投資等で消費税還付を受けたい場合は課税事業者選択届出書の提出を検討する必要があります。さらに、事業所の所在地に応じて法人住民税・事業税(地方税)の申告・納付も発生します。これら税務申告は種類が多く複雑なため、計画的に準備を進めましょう。

なお、2023年10月から導入されたインボイス制度(適格請求書保存方式)への対応も忘れないようにしてください。課税事業者として取引先に消費税を転嫁する場合は税務署への適格請求書発行事業者の登録を済ませ、所定の要件を満たす請求書様式を整備しましょう。免税事業者として事業を開始する場合でも、取引先からインボイス発行を求められる可能性があるため、自社の対応方針を早めに検討しておくことが望ましいです。

源泉徴収と年末調整 – 役員報酬や従業員給与を支払う場合、所得税等の源泉徴収にも注意が必要です。給与や報酬から毎月天引きした源泉所得税は、原則として支払月の翌月10日までに納付しなければなりません。ただし、給与の支給人員が常時10人未満の小規模な法人は、源泉徴収した所得税を半年分まとめて納めることができる特例(納期の特例)があります。

年末には、従業員について源泉徴収した所得税額を年収ベースで精算する年末調整の手続きを行います。源泉徴収や年末調整を怠ると、従業員の納税や会社の経理に支障を来すだけでなく、税務上の罰則対象となる可能性があります。

以上のように、設立直後から初年度決算にかけての税務・会計業務は多岐にわたります。期限を守り適切に処理するためにも、次に述べる専門家との連携を積極的に検討すべきでしょう。

税理士との連携の重要性

初めて日本で起業した外国人にとって、税務・会計の専門知識や日本語での官公庁対応には大きなハードルがあります。そこで強い味方となるのが税理士(税務の専門家)です。税理士は企業の税務代理や税務書類の作成、税務相談などを職務としており、これらは税理士や一定の資格を持つ弁護士などのみが行える独占業務です。言い換えれば、法人の代理で税務申告をしたり専門的な税務アドバイスを提供できるのは有資格の税理士だけです。

なお、日本には外国人向けに英語など他言語で対応できる税理士も多数活動しているため、言語面での不安も解消できます。ジェトロなど公的機関の専門家紹介サービスを活用すれば、適切な税理士を効率的に探すことができるでしょう。

税理士を顧問に迎えるメリット – 税理士と顧問契約を結ぶことで、記帳代行から決算書類の作成、各種税務申告書の提出まで一貫したサポートを受けることができます。日々の会計処理について定期的に税理士のチェックを受ければ、経理ミスの早期発見・是正が可能となり、決算時に慌てる心配も軽減します。

また、税理士は最新の税法改正や節税策にも精通しており、事業計画に沿った適切な節税アドバイスを受けられる点も大きな利点です。とりわけ外国人起業家にとって難解な日本独自の税務習慣や書式への対応も、税理士がいればスムーズに進められるでしょう。

トラブル防止と信頼性向上 – 税理士に依頼することで、税務申告漏れや誤りによるペナルティ発生リスクを大幅に低減できます。万一税務調査が入った場合にも、税理士が窓口となって適切に対応してくれるため安心です。

さらに、適正な納税と会計管理を行っている会社であることは対外的な信用力向上にもつながります。例えば、ビザ(在留資格)の更新審査においても、会社が税金の未納や社会保険未加入といった義務不履行の状態にあると不利になると考えられます。

専門家の力を借りて法令遵守を徹底することは、事業継続のみならず自身の在留資格維持の面でも重要と言えるでしょう。

以上の理由から、設立直後の段階で税務顧問として信頼できる税理士を確保しておくことが強く推奨されます。費用面は気になるかもしれませんが、「安価な自己流の処理」が後に招くトラブルや機会損失を考えれば、専門家への投資は十分に元が取れるはずです。

その他の手続き(労務・法務など)

社会保険・労働保険の加入 – 従業員を雇用する場合には、社会保険(健康保険・厚生年金)および労働保険(労災保険・雇用保険)への加入手続きを忘れてはいけません。法人は従業員(役員を含む)を1人でも使用する時点で強制適用事業所となり、健康保険・厚生年金の新規適用届を年金事務所に提出する義務があります(初回の従業員採用から5日以内)。

同様に、労災保険の成立届出と概算保険料の申告・納付を労働基準監督署で行い(雇入日から10日以内、保険料納付は50日以内)、雇用保険の適用事業所設置届をハローワークに届け出ます(雇入れ後10日以内)。これらの社会保険・労働保険の手続きを怠ると、後日加入を遡って求められ多額の保険料をまとめて支払うリスクがあります。特に法人代表者自身も「従業員」に含まれる点に注意が必要です。

労務管理と労働法令 – 雇用に伴う労務管理上の義務にも注意しましょう。従業員に法定時間を超える残業や法定休日勤務をさせる場合、事前に労使間で時間外労働・休日労働に関する協定書(36協定)を締結し、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。

また、常時10名以上の従業員を抱えるようになった場合には、就業規則を作成して労基署に提出する義務が生じます。就業規則には労働時間や賃金、服務規律などを定め、従業員に周知しなければなりません。適切な労務管理を行わないと、労働基準法違反として行政指導や罰則の対象となることがあるため注意が必要です。

契約・法務手続き – 事業上の契約や法的手続きについても、設立後早期に整備しておきましょう。取引先との契約は口頭ではなくできる限り書面で交わし、内容を明確化するとともに、会社の実印を捺印して正式な契約書を取り交わす習慣を身につけてください。

会社実印や銀行印といった重要な印章は法務局に届出済みのものであり、契約締結や各種手続きに必要となります。これらの印鑑は厳重に管理し、悪用されないよう注意しましょう。

また、扱う事業によって官公庁の許認可が必要な場合があります。例えば飲食店を営業するには保健所の許可が、人材紹介業を営むには厚生労働省への届出がそれぞれ必要です。該当する事業の場合、営業開始前に必ず必要な免許・許可を取得してください。

無許可で事業を行うと、発覚した時点で業務停止命令や罰則を受けるリスクがあります。

さらに、会社運営上は毎事業年度ごとに株主総会を開催して決算を承認し、その議事録を残すなど会社法上の義務もあります。役員変更や本店移転など重要事項に変更が生じた際には法務局での変更登記手続きが必要になるなど、法人として遵守すべき法務手続きも並行して発生します。

これら法務面の手続きについて不安がある場合は、司法書士や弁護士に相談すると良いでしょう。

加えて、事業用の法人銀行口座も早めに開設しておく必要があります。口座開設時には登記事項証明書や印鑑登録証明書、代表者の本人確認書類などが必要です。

金融機関によっては事業実態の審査が行われ、会社の概要資料や事業計画、許認可証などの提出を求められることもあります。提出書類に不備があったり対応が遅れたりすると信用不安を招きかねないため、必要書類をあらかじめ揃え、迅速に対応しましょう。

おわりに:専門家に相談しながら次のステップへ

ここまで述べてきたように、法人設立後の最初の一年間には、税務・会計を中心に数多くの重要な手続きが待ち構えています。これらを怠った場合、罰則の適用(追加税や過料)、信用低下、さらには事業継続や在留資格に支障をきたす恐れもあります。

そうならないためにも、早めに信頼できる専門家(税理士や社会保険労務士など)に相談し、万全の体制で臨むことを強くおすすめします。万全な基盤を築くことで、安心して本業に専念し日本での事業拡大に集中できるでしょう。

次回からは本シリーズに続き、新たな連載『外国人向け:日本の税理士制度と税務習慣』(全4回)をお届けする予定です。そこでは、日本における税理士制度の仕組みや日本特有の税務文化・習慣について詳しく解説していきます。

引き続き、実務に役立つ情報を提供してまいりますので、ぜひご期待ください。

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