グローバル人材の税務戦略:赴任前に準備すべきこと5選
はじめに
日本人ビジネスパーソンが海外赴任(海外勤務)する際には、税金面で多くの注意点があります。特に年収2,000万円超の高所得の駐在員の場合、日本と赴任先双方で課税関係が生じる可能性があり、事前準備が不可欠です。
本コラムでは、「海外赴任 税金」対策として赴任前に確認すべき5つのポイントを解説します。これらの対策を講じることで、国際的な二重課税の回避や社会保険料の二重負担防止など、赴任者本人と企業人事部門双方にメリットがあります。
また将来的に確定申告や税務コンサルティング、法人設立手続き、ビザ対応、出国税アドバイスなど専門家の支援を受ける際の指針ともなるでしょう。専門家の視点から信頼性のある情報を、読みやすい形でまとめました。
1. 赴任前に確認すべき日本国内での税務手続き
年末調整または出国時の確定申告
海外赴任にあたり、まず日本における税務上の身分や手続きを整理しておきましょう。原則として、海外勤務期間が1年以上の予定で出国する場合、出国日の翌日から日本では「非居住者」とみなされます 。非居住者となる年の途中であっても、日本で得た所得については出国時までにしかるべき手続きを取る必要があります。
会社員の場合、通常は年末に年末調整を受けます。しかし、1年以上の海外赴任が決まっている場合、企業は年末を待たずに出国直前に年末調整を行う必要があります 。これにより、赴任元の日本での所得税について精算が完了し、未払いや過払いを防ぎます。
給与所得以外にも所得がある場合や、会社で年末調整ができない場合には、出国までにそれまでの所得について確定申告を行う(準確定申告)必要があります 。例えば出国が年の中途であれば、1月1日から出国日までの所得について申告・納税を済ませておくことが求められます。
特に、納税管理人を定めずに出国する場合には、居住者期間の全所得について出国日までに準確定申告を行わなければならない点に注意してください 。
言い換えれば、納税管理人を選任せずに日本を離れる場合は、出国前に日本での税金精算を完結させる義務があります。
納税管理人の選任
納税管理人とは、非居住者に代わって日本での納税事務(申告書の提出、納税、還付金受領、税務署からの書類受領など)を行う代理人です 。通常、日本在住の親族や税理士が引き受けます。
納税管理人を出国時までに届け出た場合、その年の扶養控除や配偶者控除などの判定を12月31日時点で行えますが、未届出の場合は出国日を基準に控除判定がなされるという税務上の違いもあります。
納税管理人を選任しておけば、海外勤務中に日本で所得(例:不動産賃料や金融収入)が発生した場合も、翌年に納税管理人を通じて確定申告を行うことが可能です 。逆に納税管理人がいないと、必要な書類の受取りや納税手続きで支障が出る恐れがあります。
住民税の扱い
住民税(市町村民税・都道府県民税)は毎年1月1日時点の住所地に課税されます。例えば、2025年中に出国して住民票を除いた場合、2026年1月1日に日本に住所がないため、2025年分所得に対する住民税(本来2026年課税)は課されません 。
したがって、赴任開始時期によっては日本の住民税を1年分節約できる可能性があります 。これは、「駐在員 出国税」などと並んで海外赴任者が見落としがちなポイントです。
出国時期を柔軟に調整できるなら、年末までに出国・転出届を済ませることで翌年度の住民税負担を回避することも検討しましょう。
なお、年度途中で出国する際には住民税の残額を一括納付する必要があるケースもありますので、市区町村への確認と手続きをお忘れなく。
出国時課税(いわゆる「出国税」)の確認
近年導入された国外転出時課税制度(通称:出国税)にも注意が必要です。保有有価証券等の含み益が大きい資産家の駐在員は、出国時にその含み益に対し課税される可能性があります 。
具体的には、出国時に有価証券等の時価が1億円以上あり、かつ過去10年以内に日本に5年超居住していた人が対象です。
該当者は出国時にその資産を譲渡したとみなして所得税が課される仕組みで、これが俗にいう「出国税」です 。
例えば多額の株式を持つ駐在員がシンガポールや香港など株式譲渡益が非課税の国に移住した後に株を売却すると日本課税を免れられてしまうため、それを防止する目的があります 。
出国税が適用される場合、出国時までに確定申告書の提出と納税(または担保提供による納税猶予申請)が必要となるため、自身の資産状況を赴任前に必ず確認しましょう 。
該当しない人でも、海外赴任を機に株式や投資信託を売却する予定がある場合は、売却益の税扱いに注意が必要です。
ちなみに、出国する年内に上場株式等を売却するなら、源泉徴収無しの口座(特定口座〔源泉徴収なし〕や一般口座)で売却すれば、その利益に対する住民税は課税されません 。
こうした細かな節税策もありますので、資産の処分タイミングについて専門家に相談すると良いでしょう。
以上のように、赴任前には日本での所得税・住民税の清算と各種届出を確実に行い、日本国内の税務処理に漏れがない状態で出国することが大切です 。
これにより、海外勤務中の「海外勤務 確定申告」手続きもスムーズになり、赴任先で本業に専念できます。
2. 赴任先の税制を把握する(居住者区分・源泉徴収のポイント)
税法上の居住者/非居住者の判定
多くの国では、その国での滞在日数やビザの種類に応じて税法上の居住者(resident)か非居住者(non-resident)かを判定します。この居住者区分によって課税範囲が大きく変わります 。
一般に、「居住者」扱いになれば全世界所得(日本を含む海外で得た所得も含めた全所得)が課税対象となり、「非居住者」ならその国の源泉所得(その国で発生した所得)のみが課税対象となる仕組みです 。
例えばアメリカの場合、暦年で183日以上の滞在などの「実質的滞在テスト(Substantial Presence Test)」に合致すると居住者とみなされ、全世界所得に米国税が課されます 。
逆に言えば、短期滞在で米国非居住者となった場合、米国源泉所得(例:米国内勤務による給与など)にのみ課税され、外国(日本)の所得には米国税がかかりません 。
アメリカではグリーンカード(永住権)を持つと世界中どこにいても米国居住者扱いになる点にも注意が必要です 。
一方、中国の場合は暦年(1月~12月)で183日以上滞在すればその年は中国税法上の居住者となります 。
ただし中国には独特の「6年ルール」と呼ばれる制度があり、非中国籍の駐在員の場合、居住者になっても連続6年間までは中国国外から得た所得(かつ中国国外で支払われた所得)は課税しない優遇措置があります 。
つまり、183日以上の長期滞在であっても最初の5~6年は中国国外源泉所得が免税となり、7年目以降に世界所得課税が始まる仕組みです 。
さらに6年以内に一度でも連続30日超の一時帰国などで中国滞在を中断すれば、この居住年数カウントがリセットされるため、駐在員は意識的に「タックスブレイク」を取ることで全世界課税を回避できます 。
このように赴任国ごとの居住者判定基準を理解し、自分がどちらに該当しそうか見極めることが重要です。
源泉徴収(Withholding Tax)と現地納税義務
赴任先でも給与所得に対する源泉徴収や納税手続きがあります。
アメリカでは雇用者が給与支払時に連邦所得税や州税を源泉徴収し、年度末に本人が確定申告(タックスリターン)で精算するのが一般的です。
州によって税率も異なり、赴任先の州税制度も把握する必要があります。
一方、中国では毎月の給与に対して個人所得税を源泉徴収し、年末(または翌年初)に年間の所得税を再計算して過不足を精算する制度が取られています(いわゆる「年末ボーナス月」制度などの特例もあり)。
現地法人から給与が支払われる場合、現地のペイロールに従って税金が控除されるため、自分で納税する手間は少ないですが、その分給与明細や源泉徴収票を保管し、現地の確定申告が必要な場合に備えることが大切です。
特に中国では駐在員にも現地社会保険への加入義務が原則あります (日中社会保障協定により年金部分の二重加入は免除可、後述)ので、給与から社会保険料も差し引かれる点に留意しましょう。
また、中国赴任初年度が183日未満だった場合、その年は非居住者として課税され、一部所得は月次課税で完結しますが、翌年以降居住者になると課税範囲が広がるため注意が必要です 。
具体例(米国・中国の税制の特徴)
米国赴任では、連邦税・州税・地方税(市民税など)の多層構造に加え、医療保険や年金(Social Security, Medicare)の控除も給与から行われます。
米国の非居住者の給与所得は米国源泉分のみ課税対象ですが、居住者になると日本での副収入も含め世界の所得が課税対象となるため、高所得者は税率区分(累進課税)にも影響します 。
一方で、米国と日本の租税条約では、利子や株式譲渡益は非居住者について源泉地国で非課税と定められており 、例えば日本非居住者として米国で投資を行う場合など優遇される所得もあります(逆に米国非居住者が日本株の売買益は日本非課税など)。
中国赴任では、給与所得に対する税率は累進課税(3%から45%までの率区分)で月ごとに適用され、年末に総合所得として清算されます。
また、中国の「6年ルール」の恩恵を受けている期間は、日本本社から支給される給与(国外支払い分)について中国では非課税になるケースが多いです 。
例えば日本からの役員報酬や日本の銀行に振り込まれる給与部分などが該当します。
ただしこの免税措置は7年目からは消滅し、免税を維持するには6年目までに31日以上の連続出国(一時帰国等)をして居住期間をリセットする必要があります 。
中国赴任者はこの点を知らずに長期駐在を続けると、思わぬ高額課税(翌年から海外収入も含めて課税、45%税率適用など)に直面しかねません。
現地の会計事務所や税理士と連携し、自分の滞在ステータスと税負担がどう変化するかシュミレーションしておくことをおすすめします。
以上のように、赴任先の税制を事前に理解しておけば、現地での給与受取時に「こんなに税金が引かれるの?」と驚くことも減り、駐在員自身が税引後収入を予測して生活設計を立てることができます。
また、現地の納税スケジュール(例:確定申告時期や納税期限)も把握し、海外勤務開始後も税務コンプライアンスを維持することが重要です。
必要に応じて現地の税務コンサルタントの助言を受け、会社任せにせず自身でも基本的なルールを押さえておきましょう。
3. 所得税の二重課税防止策と社会保障協定の活用
海外赴任に伴い最も懸念されるのが、国際的な二重課税と社会保険料の二重払いです。この章では、所得税と社会保険の両面で二重負担を回避するポイントを整理します。
租税条約の活用と183日ルール
日本は米国や中国を含む多くの国と租税条約(租税協定)を結んでおり、赴任者はこれら条約の恩恵を受けられる場合があります。
典型例が「183日ルール(短期滞在者免税)」です 。これは租税条約上の規定で、一定の条件を満たす短期滞在者については赴任先国で所得税を課税せず、給与所得に対する課税を本来の居住国側のみに限定する措置です。
条件の詳細は条約により異なりますが、一般的には次の3条件が基本となります:
- 赴任先における滞在が12か月間で合計183日以下
- 給与の支払い主体が赴任先の居住者でない(例:日本本社から支給)
- 給与コストを赴任先にある恒久的施設(PE)が負担していない
例えば、日本からアメリカへ出張ベースで勤務し183日を超えない場合、かつ給与を日本本社が負担していれば、アメリカ側で課税されず日本側のみで課税されるという具合です(条約による短期滞在者免税の適用)。
このルールに該当すれば、赴任先で確定申告する必要がなく、手続きが簡便になります。
ただし183日のカウント方法は国によって異なります:
- 日中条約:暦年(1月~12月)ベース
- 日米条約:任意の連続12か月ベース
長期赴任では183日を超えるのが通常ですが、初年度の赴任時期によってはこの適用を受けられる可能性があります。
仮に適用外でも、租税条約には退職金の課税方法など他にも駐在員に影響する規定がありますので、包括的に内容を理解しておくことが重要です。
外国税額控除(Foreign Tax Credit)
仮に同一の所得(例えば同じ給与)に対して日本と赴任国の両方で課税される状況になった場合、これを国際的二重課税といいます。
二重課税を排除・緩和するために、各国の税法には外国税額控除制度が設けられています。
日本の所得税法でも、ある所得に対し外国で所得税相当額が課された場合に、日本の税額計算でその分を差し引ける仕組みがあります。
例:
- 海外で20万円の所得税を納税
- 同じ所得に対して日本で30万円の税額が発生
- 差し引き10万円を日本で納税すればよい(20万円は控除)
逆に、日本非居住者となった駐在員が、赴任先で日本源泉所得に対する外国税額控除を受けたいケースもあります。
この場合、赴任先の税務当局から「日本でいくら税を払ったか証明する書類」を提出するよう求められることがあります。
日本では、源泉徴収で税を納めたことの証明として「源泉徴収に係る所得税の納税証明書」が発行可能です。
これは納税者本人ではなく、源泉徴収義務者(雇用主など給与支払者)が税務署に申請して取得する必要があり、申請には次の書類が必要です:
- 源泉徴収税額を納付した際の領収書
- 租税条約適用を受けている場合は「租税条約に関する届出書」の写し等
企業の人事・経理部門は、このような税務証明の発行サポートも海外赴任者に対して行う準備が必要です。
なお、外国税額控除には限度額計算がありますし、社会保険料等は対象外であるなど複雑です。
専門的な計算が必要な場合は税理士等に相談し、日本と現地双方の税金をトータルで最適化しましょう。
社会保障協定と年金・医療の二重加入防止
税金だけでなく、社会保険料の二重負担も海外赴任者にとって大きな問題です。
日本では健康保険・年金などの社会保険がありますが、赴任先でも同様の公的制度への加入義務があると、日本+現地の二重加入となる可能性があります。
これを避けるために、日本は各国との間で社会保障協定を結んでいます。
主目的は以下の2つです:
- 年金保険料の二重負担防止
- 年金受給資格期間の通算
たとえば日米社会保障協定では、最長5年間の赴任であれば米国の社会保障税(Social Security Tax)の納付が免除され、日本の厚生年金を継続できます。
日中社会保障協定(2019年発効)でも同様に、中国への一時派遣者について中国の基本養老保険への加入が免除され、日本の厚生年金のみで済みます。
ただし協定の適用を受けるには事前に「適用証明書」の発行手続きが必要です。
これは日本年金機構に申請し、赴任期間中に日本の年金制度に加入し続ける証明を得て、赴任先当局に提示します。
協定がない国(例:一部の東南アジア諸国)では、日本+現地の両方の保険料を払う義務が生じることもあり、事前確認が不可欠です。
その場合、そのコストを「会社が上乗せ負担するのか」「本人負担とするのか」など、就業条件への明示が求められます。
4. 海外勤務中の日本国内資産の取り扱い
海外勤務に出ても、日本国内に資産や所得が残るケースは多々あります。例えば日本に自宅や不動産を所有していたり、株式などの金融資産を保有し続けたりする場合です。
海外赴任中で非居住者となった後も、日本国内源泉所得については日本で納税義務が生じる可能性があるため、それら資産の取り扱い方針を決めておきましょう。
不動産所得(賃貸収入)の扱い
自宅を人に貸す、または日本に投資用不動産を持っている場合、その賃料収入は日本国内源泉所得です。
非居住者に日本の不動産賃料を支払う際、支払者(借主または不動産管理会社)は原則20.42%の源泉徴収を行う義務があります(所得税20%+復興特別所得税0.42%)。
ただし借主が個人でその物件を居住用に使う場合は源泉不要という例外もあります。
源泉徴収された場合でも、翌年2月16日~3月15日に非居住者本人(または納税管理人)が日本で確定申告を行い、年間の不動産所得について正規の税額を計算して精算する必要があります。
源泉徴収額が年税額を超えれば還付を受け、逆に不足していれば追加納税します。
例えば、経費計上により不動産所得が少なくなると源泉徴収20.42%は過大になるので、確定申告すれば還付を受けられます。
この「海外勤務 確定申告」プロセスを円滑に行うためにも、不動産管理会社等には非居住者となる旨を伝え、適切に源泉徴収・送金してもらうこと、そして納税管理人を通じた申告準備をしておくことが大切です。
また、赴任先が全世界所得課税を行う国(居住者に対して世界中の所得を課税する国)の場合、日本の不動産所得も赴任先で申告対象になる可能性があります。
このように日本と赴任先の双方で不動産収入に課税され二重課税となった場合、赴任先で外国税額控除を受けるなどの対応が必要です。
中国などでは外国税額控除の個人適用がハードル高いとも指摘されていますので、事前にシミュレーションしておきましょう。
金融資産(株式・投資信託等)の扱い
株式や投資信託を保有している場合、非居住者となると日本の証券会社では通常、一般口座への切替や口座閉鎖を求められることがあります。
特にNISA口座などは非居住者になると新規投資ができなくなるため、赴任前に売却や口座変更手続きを検討してください。
証券会社によっては非居住者でもサービスを制限した上で口座継続利用を認める場合もあるため、自身の証券会社の対応を確認しましょう。
非居住者が日本で上場株式を売却した場合、原則として日本では譲渡益課税されません(日本国内に恒久的施設を持たない非居住者の株式譲渡益は非課税、ただし条約による)。
一方、非居住者が受け取る日本株の配当金には20.42%の源泉徴収が行われます(租税条約により軽減される場合あり)。
この配当課税も、日本非居住者である以上確定申告の必要は通常ありませんが、赴任先でその配当を合算申告する際には日本側で源泉徴収された税金の控除を受けられるよう、先述の納税証明書の取得を検討してください。
また、出国前に金融資産を売却処分する場合の税金にも気を配りましょう。
前述のとおり、出国年内に株式を売却するなら源泉徴収なし口座で売却すれば住民税が課税されないなど節税余地があります。
反対に、不動産については非居住者であっても日本国内にある土地建物の譲渡益には通常どおり日本の譲渡所得課税が課されます(税率は所有期間により異なる)。
不動産売却時には買主等を通じた所得税源泉徴収(10%)制度もありますので、売却前に税理士へ相談し納税管理人の手配をしておくと安心です。
銀行口座・その他資産の扱い
日本の銀行口座についても、金融機関により非居住者の口座維持ポリシーが異なります。
非居住者になると口座解約を求める銀行もあれば、非居住者用サービスに移行して継続利用できる銀行もあります。
一般的には大手行では口座維持可能な場合が多いですが、地方銀行などでは非居住者口座を受け付けないこともあります。
出国前に各銀行に非居住予定であることを知らせ、口座をどうするか相談しておきましょう。
日本に銀行口座を残しておけば、各種税金(所得税の予定納税や住民税、固定資産税など)の自動引き落としを継続利用でき、納税漏れのリスク軽減につながります。
クレジットカードも、日本の住所がなくなると更新ができなくなる場合がありますので、家族の住所を利用できるか等確認が必要です。
その他、日本に残した自家用車を売却・廃車する場合の自動車税清算や、海外転出届提出に伴う国民年金・国民健康保険の手続きなど、資産・負債に関わる諸手続きをリストアップして抜け漏れなく実施しましょう。
特に納税管理人制度をうまく活用すれば、非居住者期間中の日本資産に関する税金を代理で処理できますので、信頼できる親族や専門家に依頼しておくことをお勧めします。
以上のように、海外赴任中も日本国内に残る資産・所得については継続して管理が必要です。
日本非居住者となった後の税制(源泉徴収や課税方法)は居住者時代と異なる部分がありますが、適切に手続きをしておけば過大な税負担や滞納を防げます。
日本国内資産の管理がおろそかになると、帰任後に思わぬ税務トラブル(例:申告漏れによる延滞税や加算税)が発覚することもあります。
そうならないためにも、出国前に資産リストを作成し、それぞれの扱い方針(維持・売却・賃貸・解約など)と税務対応を決めておくことが肝要です。
税理士事務所などに相談すれば、こうした資産ごとの最適な対処法(例えば不在期間中の不動産管理や節税スキーム)についてアドバイスを受けられるでしょう。
5. 企業人事部が整えておくべき書類・内部ガイドライン
海外赴任者を送り出す企業側でも、人事・総務部門を中心に事前に準備すべき書類や社内規程があります。
社員の海外赴任を円滑にし、赴任者が安心して業務に集中できるよう、会社としてのサポート体制を構築しましょう。
海外赴任規程・就業規則の整備
まず、社内のルールとして「海外赴任者規程」や就業規則の特別条項を用意します。
これには赴任中の給与・手当計算方法、現地での税金負担の扱い、福利厚生、一時帰国の条件、帰任時の処遇などを明文化します。
特に税務面では、赴任者の所得税負担を会社と本人のどちらが負うかを明確に定めておくことが重要です。
多くのグローバル企業は税金負担を平準化する「タックスイコライゼーション(税額補てん)制度」を採用しています。
これは「ハイポタックス(みなし税)」とも呼ばれ、社員が日本で働き続けていたら支払っていたであろう仮想的な税金額を算出し、それを本人負担税額とみなして、実際の赴任先での税額との差額は会社が負担するというものです。
この方法により、どの国に赴任しても社員の手取り額が日本在籍時と同等かそれ以上になるよう保障できるため、社員は安心して海外赴任に臨めます。
会社にとっても、社員間の公平性を保ちつつ最低限のコストで人材活用を最大化できるメリットがあります。
海外赴任規程には、このような税金・社会保険料の取扱い(例:日本と現地のどちらに加入するか、会社が負担する範囲、本人負担とする範囲)を具体的に記載し、赴任前に本人へ周知・同意を得ておくようにしましょう。
赴任条件通知書・税務関連書類の準備
個々の赴任者に対しては、「海外出向辞令」や「赴任条件通知書」などの書面を発行します。
ここには赴任期間、赴任先での役職・仕事内容、給与支給形態(日本払い・現地払いの割合)、各種手当額、住居提供の有無、現地税の負担区分、帰国後の処遇などを明示します。
税務に関しては、例えば「所得税のタックスイコライゼーション適用あり」「現地確定申告のサポート有り(会社負担で会計士を手配)」等、会社が提供するサポート内容を明記します。
社員にとって自分の赴任条件が一目で分かり、後々のトラブル防止にもなります。
また、必要に応じて英文・現地語の就業契約書や就業規則の整備も行います。
現地法人に出向する場合は現地の労働法に合わせた契約書が求められるため、人事部門は本社規程との整合性を取りつつ契約書を作成します(専門の社労士や法律事務所の支援を仰ぐことも検討してください)。
税務証明および手続きサポート体制
海外赴任者が発生させる税務手続きを会社として支援する体制も重要です。
まず、前述の社会保障協定の適用証明書については、人事部が日本年金機構へ申請し取得します。
これを社員に持たせるか現地法人へ送付し、現地当局に提出することで現地年金加入が免除されます。
次に、現地で外国税額控除等を受けるための納税証明書の取得もサポートしましょう。
たとえば駐在員が日本源泉の所得税を払っており、それを赴任先で税額控除したい場合、会社(源泉徴収義務者)が税務署に納税証明願を提出して「納税証明書」を取得し社員に提供する必要があります。
この手続きを知らない赴任者も多いため、会社側で主導して対応すると親切です。
また、源泉徴収票の発行についても留意します。
日本の給与をどのタイミングまで支払ったかによって年内2回源泉徴収票を発行するケース(赴任途中までと年末調整後)もあります。
社員が赴任先で確定申告をする際に日本の源泉徴収票が必要になる場合もありますので、速やかに発行・送付できるようにしましょう。
税務申告サポートと専門家連携
企業によっては、海外赴任者の現地での税務申告を会社契約の会計事務所に依頼することがあります。
特に米国など税務が複雑な国では、会社負担で税理士(会計士)に駐在員の確定申告を代行させることが一般的です。
そうしたサポートを行う場合は、渡航前に社員に案内し、現地でどの税理士に連絡すればよいかや、必要書類(日本の収入証明等)の連携方法を決めておきます。
逆に「税務申告は自己責任」とする場合も、最低限会社として情報提供(現地の税制度や申告義務に関する資料配布)は行いましょう。
また、赴任期間中に日本で確定申告が必要となる社員(日本に不動産所得がある等)に対しては、納税管理人の選任支援や日本の税理士紹介などを行うと親切です。
例えば日本の確定申告書作成を社員本人が行うのが難しい場合、会社紹介の税理士に依頼すれば会社と税理士間で必要情報をやり取りしてもらえるメリットがあります。
企業規模によっては社内に国際税務の専門スタッフを置くケースもありますが、一般には外部の税理士法人・会計事務所との連携が現実的です。
将来的に税務コンサルティングやビザ更新手続き支援などを外注する可能性も踏まえ、信頼できる専門家ネットワークを人事部で確保しておくと安心でしょう。
その他の内部ガイドライン
最後に細かな点ですが、赴任者が現地で支払う税金の精算方法も決めておきます。
例えば税金も含め会社が総額補償する場合、社員が立替納税した後に会社が補填するのか、あるいは会社が直接納税する仕組みにするのかなどです。
さらに、赴任期間中の社内処理マニュアルも作成しておくと便利です。
これは人事・経理担当者の引き継ぎにも役立ちます。
マニュアルには、
- 赴任前に行う手続きチェックリスト(社保資格喪失、住民票確認、納税管理人届出確認等)
- 毎年の対応(年末調整方法、現地税精算方法)
- 帰任時の手続き一覧(社会保険再加入、住宅ローン控除再開届出等)
などを盛り込みます。
海外赴任は関係部署も多岐に渡るため(人事・総務・経理・現地法人・税務顧問など)、社内の連絡体制と役割分担を明確化することもガイドラインの一部としておくと良いでしょう。
おわりに
海外赴任者の税務戦略として押さえておくべき5つのポイントを解説しました。
赴任前の日本国内手続きから赴任先の税制度理解、二重課税と社会保険対応、国内資産管理、そして企業の支援体制まで、包括的に準備を整えることでトラブルを未然に防ぐことができます。
特に高所得の駐在員ほど課税関係が複雑になるため、今回取り上げた「駐在員 出国税」や「海外勤務 確定申告」のポイントも含め、抜け漏れなく対応してください。
グローバルに活躍する人材にとって、税務は避けて通れない重要テーマです。
ぜひ専門家とも連携しつつ万全の準備を行い、安心して海外でのキャリアを築いてください。
税務の整理がつけば、あとは現地で存分に実力を発揮するのみです。
そして企業側も、海外赴任者を支えるサポートを通じて人材力強化と国際競争力向上につなげていきましょう。
参考文献・出典: 国税庁資料、社会保険関係法令資料等