海外でリモートワークする日本人が直面する税務論点まとめ
近年、場所を問わないリモートワークの普及により、日本人が海外で生活しながら日本の企業や顧客向けに仕事をするケースが増えています。いわゆる「デジタルノマド」と呼ばれる人々が年々増加し、東南アジアや欧州、バリ島やタイ(バンコク)など物価が安い地域で暮らしつつ、日本から収入を得るスタイルが若い世代を中心に支持されています。一方、資産家や高所得層には、税制面のメリットからシンガポールやドバイへの移住も人気が高まっています。しかし、このように国境を越えて働く場合、日本と海外のどちらで税金を納めるのか、二重課税にならないか、といった 税務上の論点 に注意が必要です。税務をおろそかにすると、後からペナルティを含む追徴課税を受けるリスクがある一方、正しい手続きを踏めば二重課税の回避や過払い税の還付も可能です。本稿では、税理士の視点から 海外でリモートワークする日本人に関わる税務論点 を整理し、実務上押さえておくべきポイントを解説します。
居住者か非居住者か – 税法上の身分判定が最重要
まず初めに確認すべきは、自身が日本の税法上 「居住者」 に該当するのか 「非居住者」 に該当するのかという点です。この区分によって日本で課税される所得の範囲が大きく異なり、国際税務の出発点となります。
- 居住者: 日本国内に「住所」を有するか、または現在まで引き続き1年以上「居所」を有する個人をいいます。ここで言う「住所」とは単に住民票の所在地という形式的なものではなく、生活の本拠(生活拠点)がどこにあるかで判断されます。居住者の場合、日本国内で得た所得も海外で得た所得もすべて(全世界所得)が日本の課税対象となり、海外勤務で得た収入であっても日本で納税義務が発生します。
- 非居住者: 上記の居住者に該当しない個人、すなわち日本に住所がなく、継続して1年以上の居所も持たない人です。非居住者の場合、日本で課税されるのは原則として日本国内で生じた所得(国内源泉所得)に限定されます。言い換えれば、非居住者の日本での納税義務は主に日本国内で稼得された収入に限られ、国外で得た所得については日本の課税対象外となります。
実務上の判定のポイント: 単に海外にいるからといって自動的に非居住者になるわけではありません。例えば1年以上の海外赴任であっても、本人・家族の生活の本拠が日本にあると見なされれば日本の「居住者」扱いとなるケースがあります。逆に住民票を日本に残したまま海外で生活していても、実際の生活拠点が海外にあれば非居住者と判断されることもあります。税務署は判定にあたり、滞在日数(年の半分以上日本に滞在しているか)、家族の居住地(配偶者や子供が日本に残っているか)、日本での住居や資産の管理状況、銀行口座や公共サービスの利用実績など総合的に生活実態を考慮します。特に「将来日本に戻る予定があるか(永住の意思がないか)」も重要で、海外に生活の拠点を移し帰国予定がないと明確な場合は、たとえ海外滞在が1年未満でも非居住者と認められることがあります。以上のように、自身が居住者か非居住者かの判定には慎重な検討が必要です。
日本と海外、どこに税金を納める? – 所得の源泉地による課税関係
居住者の場合: 日本の居住者である限り、原則としてその人の全世界での所得が日本の課税対象です。したがって、たとえ海外でリモートワークをして得た収入であっても、日本の所得税法上は申告・納税が必要になります。具体的には、日本の居住者が海外勤務で給与を得ているケースでは、日本でその給与所得を申告しなければなりません(海外で源泉徴収された所得税があれば、日本の確定申告で外国税額控除により二重課税を調整することが可能です)。社会保険についても、日本の健康保険や年金に引き続き加入する場合は給与からの控除等の手続きが発生します(社会保険は本稿の主題ではないため詳細割愛します)。
非居住者の場合: 一方、自身が日本非居住者に該当すれば、日本で課税されるのは国内源泉所得に限られます。ここでポイントとなるのが「何が国内源泉所得に当たるか」という点です。日本の所得税法では、非居住者にとっての国内源泉所得として「日本国内において役務提供(労働)をして得た対価」や「日本の法人から受け取る役員報酬」などを挙げています。したがって、
- 海外でリモート勤務して日本企業から給与・報酬を得ているケース: 原則として、その役務提供地(労働をした場所)が国外であればその報酬は国外源泉所得となり、日本の所得税は課されません。例えば、日本の会社に雇用されつつシンガポールに在住し、シンガポールからリモートで業務提供している場合、その給与所得は日本法上は国外源泉に該当し日本の課税対象外です。ただし例外もあります。日本企業の役員として受け取る報酬は、たとえ海外勤務分であっても 日本国内源泉所得 とみなされますので注意が必要です(日本の内国法人から支給される役員給与は勤務地に関わらず国内所得と定義されています)。
- 海外在住のフリーランス・個人事業主が日本の顧客から報酬を得るケース: たとえば海外に居住する翻訳者やエンジニアが、日本の企業と契約して仕事を請け負い報酬を得る場合です。日本の所得税法上、このような非居住者個人が行う役務提供の対価は「給与その他人的役務の提供に対する報酬」として扱われ、多くの場合日本における事業所得(人的役務提供事業の対価)には該当しません。したがって、その非居住者が日本国内に事務所や事業拠点(恒久的施設: Permanent Establishment)を持たず、実際のサービス提供も海外から行っている限り、日本で課税が発生しないのが原則です。要するに、日本国内で事業活動を行っていない限り、日本の税法上はそのフリーランス収入は課税できないという整理になります。ただし、この場合でも報酬を支払う側(日本の企業)は支払い時に租税条約上の取扱いを確認する必要があり、条約で源泉税免除を受けるには非居住者側から「租税条約に関する届出書」を事前提出させる必要があることもあります。
以上のように、日本非居住者となれば海外でのリモートワーク収入自体には日本課税が及ばないケースが多いですが、日本側で発生する所得(例えば日本国内で不動産収入や投資収益がある場合)は引き続き課税対象となります。そのため、一部非課税だからといって日本の申告・納税義務が完全になくなるわけではない点に留意が必要です。また、海外で長期滞在して現地の税法上も居住者とみなされるようになると(多くの国では年間183日以上滞在で税務上の居住者と判定されます)、今度は滞在国で全世界所得に課税される可能性が生じます。この場合、日本が非居住者であっても滞在国で課税され、自分の収入に対し海外で納税義務が発生することを理解しておかねばなりません。
日本企業からの支払いと源泉徴収義務
日本の会社や支払者が、海外にいる日本人に報酬や給与を支払う場合、日本側で源泉徴収(所得税の天引き)義務が生じるかどうかは相手が居住者か非居住者かで異なります。
- 支払先が日本の「居住者」の場合: 所得税法は「居住者に対し国内において給与等の支払をする者」は源泉徴収をする義務があると定めています。したがって、日本に本社のある企業が海外勤務中の社員(日本居住者扱い)に給与を支払う場合、日本国内での通常の給与支払いと同様に所得税の源泉徴収を行う必要があります。仮に従業員が海外に駐在していても、税法上居住者であるうちは原則どおり源泉徴収(毎月の給与天引き)を続けることになります。
- 支払先が日本の「非居住者」の場合: 所得税法では「非居住者に対し国内において国内源泉所得の支払をする者」も源泉徴収を要するとされています。ただし非居住者への支払いについては、その支払いが日本国内源泉所得に該当する場合に限り源泉徴収義務が発生します。具体的には、日本企業が非居住者に給与や報酬を支払う際、
- 日本国内での勤務・役務提供に対応する部分については源泉徴収が必要ですが、
- 海外での勤務に対応する部分については源泉徴収不要、
という取扱いになります。
- 支払者が外国法人・海外支店等の場合: リモートワークをしている日本人に対し、支払元が海外の会社で報酬が海外から直接支払われる場合、日本の所得税の源泉徴収は原則発生しません。たとえその日本人が日本居住者であっても、給与の支払者が日本国外であれば日本の源泉徴収義務者に該当しないためです(この場合、居住者本人が確定申告で海外所得を申告し納税する責任があります)。ただし例外として、支払者である外国法人が日本国内に支店・事務所等を有している場合には、その事務所からの支払いは「国内において支払ったもの」とみなされ源泉徴収義務が生じることがあります。支払形態や経路によって扱いが異なるため注意が必要です。
源泉徴収漏れ・誤徴収のリスク: 海外リモートワークが一般化するにつれ、日本側の企業が源泉徴収の扱いを誤るケースも散見されます。例えば、本来は非居住者で日本での勤務に該当しない給与にもかかわらず誤って20.42%を源泉徴収し続けてしまい、後日本人が確定申告で還付を受けた事例や、逆に実質的には日本で働いて国内源泉所得を得ていたのに非居住者扱いだからと全く源泉徴収せず放置し、後で税務調査で指摘された事例などがありえます(具体的事例は省きますが、企業側も従業員側も専門家の確認が重要です)。特に国際的な租税条約が適用できるケースでは、租税条約に基づく源泉免除を受けるための届出(租税条約届出書)の提出が必要になります。例えば、日本と滞在国との租税条約で給与所得が居住地国のみで課税される定めがある場合、日本の支払者に所定の届出をすれば源泉徴収を免除または軽減できます。その手続きを怠ると、一旦日本で源泉徴収されてしまい、後から条約に基づく還付請求をする手間が発生します。こうした 源泉徴収実務 も国境を越えた働き方では注意すべき論点です。
二重課税を防ぐには – 租税条約の活用と外国税額控除
海外と日本で双方に課税義務が生じうる場合、国際的な二重課税 をいかに調整・回避するかが重要です。二重課税とは同一の所得について二か国以上で税金を課されることで、何も対策しないと手取り収入の相当部分が税で消えてしまう恐れがあります。これを防ぐ主な方法は次のとおりです。
- 租税条約の適用: 日本は約70か国と租税条約(租税協定)を締結しており、条約には居住者の判定ルールや各所得区分ごとの課税権の配分が定められています。自分のケースに該当する条約条項の有無と要件を調べ、適切な届出・申告手続き を踏むことが肝要です。
- 外国税額控除の活用: 海外で所得税を納めている場合、日本の確定申告でその税額分を控除できます。納税証明書と日本語訳などが必要です。
- 非課税国や優遇制度を活用: ドバイ(所得税ゼロ)、シンガポール(海外所得非課税)、ポルトガルのNHR制度など。
増える海外リモートワーカー – 人気の移住先と最新動向
- タイ・バリ: 生活費が安く、ビザ緩和や外国所得非課税の報道も。
- シンガポール: 税率は22%、富裕層や法人設立希望者に人気。
- ドバイ: 所得税ゼロ。暗号資産・富裕層に特化した移住先として注目。
- ポルトガル・エストニア: 税制優遇やe-Residency制度がある欧州の定番地。
自由なノマド生活の裏には、常に税務の判断が伴います。出国のタイミング、移住国の選定、租税条約の把握など、事前準備が鍵を握ります。
税理士がサポートできること – 申告・届出や相談ニーズ
- 居住者/非居住者の判定アドバイス
- 納税管理人の届出と実務支援
- 外国税額控除・租税条約適用届出書の作成支援
- 出国時課税制度(Exit Tax)の試算と届出
- 移住・帰国のタイミング調整と住民税対策
まとめ
日本人が海外でリモートワークをする場合の税務は、居住者/非居住者の判定から始まり、所得区分ごとの源泉地判定、源泉徴収の要否、そして二重課税の調整や租税条約の適用といった複数の論点が絡み合う複雑なものです。
こうした分野は専門知識が要求されるため、当事者だけで適切に対処するのは困難です。正しい知識にもとづき対応すれば合法的に税負担を最適化できますが、誤った判断をすると予期せぬ追徴課税やペナルティに繋がりかねません。
税理士としては、このような国際的な働き方をするクライアントに対して、税務面での安心を提供しトラブルを未然に防ぐサポートが可能です。昨今のデジタルノマドブームは税理士業務の新たな市場とも言え、居住地分散や国際税務の知見を活かしたコンサルティングは高単価の案件にもつながるでしょう。グローバルに活躍する納税者の良きパートナーとして、最新の情報をアップデートし続け専門性を発揮していくことが重要です。