外国人起業家シリーズ 第3回:日本での会社設立と許認可のすべて:事業開始にあたってリアルに必要な準備と手続きは?
(本連載第3回)
第1回・第2回では「なぜ日本で起業するのか」という背景や、外国人起業家に必須の「経営管理ビザ取得」について解説しました。ここまで当コラムのシリーズをお読みになられていたら、既に日本での起業準備の重要性や、ビザ要件(例えば資本金500万円以上やオフィス確保など)を確認できているかと存じます。では、いよいよ実際の会社設立と事業開始に必要な許認可のステップに踏み込んでいきましょう。今回は会社の設立登記、オフィスの確保、そして業種ごとの許認可手続きについて、専門的な内容をできるだけわかりやすく具体的に説明します。
日本の法制度や行政手続は、外国人にとって複雑に感じられることがあります。しかし要点を押さえれば一歩一歩着実に進められます。本記事では誤解しやすいポイントも丁寧に補足しながら、「リアル」に必要な準備と手続きを徹底解説します。
会社設立登記の基本手順とポイント
日本でビジネスを始める第一歩は、会社を設立して法人格を取得することです。外国人であっても、日本で株式会社や合同会社を設立することは可能です 。以前は「代表取締役のうち少なくとも1名は日本に住所が必要」といった要件もありましたが、現在はその制限は撤廃され、代表者全員が海外在住でも会社設立登記が認められています 。ただし、ビジネスを継続的に営むには当然ながら適切な在留資格(経営管理ビザなど)が必要になります。では、具体的な会社設立の流れを見ていきましょう。
1. 会社形態と基本事項の決定: 最初に会社の種類を決めます。一般的には 株式会社(K.K.) か 合同会社(G.K.) のいずれかです。株式会社は信用度が高い一方で定款認証など手間と費用がかかり、合同会社は設立手続きが簡易で費用も抑えられます。起業目的に応じて選びましょう。加えて、会社名(商号)、事業目的、本店所在地(日本国内の住所)、役員構成、資本金額、事業年度などの基本事項を決定します。本店所在地として登録する住所は日本国内である必要があります。自宅やレンタルオフィスでも登記可能ですが、後述するビザ審査等では実際の事業拠点となるオフィスが求められる点に注意しましょう 。
2. 定款の作成と認証: 会社の憲法ともいえる定款(Articles of Incorporation)を作成します。定款には会社名、目的、株式に関する事項、機関設計、設立時役員などを盛り込みます。株式会社を設立する場合、原則として公証役場での定款認証が必要です(公証人手数料約5万円と収入印紙代4万円がかかります。ただし電子定款にすれば印紙代は不要です)。合同会社の場合は定款認証は不要で、自署または電子署名で作成すれば構いません。定款作成時には目的欄に将来展開する可能性のある事業も網羅的に記載しておくと良いでしょう(許認可が必要な事業は、その旨を目的に明記しておくことが求められます)。例えば人材紹介業を行うなら「有料職業紹介事業」の文言を、飲食店なら「飲食店営業」を定款に含めます。
3. 資本金の払い込み: 定款が整ったら、発起人(創業者)が決めた資本金額を払い込みます。日本では資本金1円から会社設立自体は可能ですが、前回学んだように経営管理ビザを取得するには最低でも500万円以上の資本金が求められます (資本金または出資額が500万円以上であることが基準) 。資本金は発起人個人の銀行口座に一旦振り込み、その通帳コピー等で払込証明とします。外国に居住する方で日本の銀行口座を持っていない場合、払込証明の方法について専門家に相談する必要があります(海外送金の受領証などで代替するケースもあります)。また、発起人や役員が外国にいる場合は、印鑑証明書の代わりに本国の公証人が発行する署名証明書を用意します 。これは日本の印鑑証明に相当する書類で、各国の日本大使館・領事館で認証を受けるか、アポスティーユ(公証の認証)を付けて提出します。
4. 設立登記の申請: 資本金払込後、いよいよ法務局で会社設立登記の手続きを行います。提出書類は、登記申請書、定款、発起人決議書、取締役就任承諾書、払込証明書、印鑑届出書など多岐にわたります 。外国語の書面は必ず日本語訳を添付する決まりです 。提出先は本店所在地を管轄する法務局です。なお、日本では会社実印(会社の公式な印鑑)を登記時に届け出る文化があります。会社実印は後の銀行口座開設や契約で頻繁に使うため、先に作成して印鑑届書に押印します。申請後、通常1〜2週間程度で登記が完了し、晴れて法人が成立します。登記が完了すると「履歴事項全部証明書(登記簿謄本)」や「印鑑証明書(会社の)」が取得可能です。この登記簿謄本は銀行口座開設や許認可申請など様々な場面で必要になる重要書類です。
5. 関連官庁への届出: 法人設立後、税務署や都道府県税事務所、市区町村役場へ各種届出を行う必要があります(法人設立届出、青色申告の承認申請、給与支払事務所の開設届、社会保険・労働保険の新規適用届など)。これらは第4回で詳説予定ですが、設立から提出期限まであまり余裕がないものもあります。例えば法人設立届出や青色申告承認申請は設立後原則2ヶ月以内が期限です。日本で事業を始める際には、こうした事後手続きも計画に入れておきましょう。
(参考情報)代表者住所の非公開制度: 日本ではこれまで、会社の登記簿謄本に代表取締役の氏名と住所が全文掲載され、公衆にも公開されていました。個人情報の観点から外国人起業家にとって自宅住所が公開されるのは不安材料でしたが、2024年10月から新制度が施行され、株式会社の代表取締役等の住所は市区町村名までの表示とし、以降の詳細住所を非表示にできるようになりました 。登記申請時に所定の申出を行うことで適用されます(ただし以前の住所履歴は残る点に注意が必要です)。プライバシー保護のためにも、この制度を活用する価値はあるでしょう。
(参考情報)外国為替法に基づく届出: 発起人や出資者が非居住者(海外在住者)である場合、日本で会社を設立した後に対内直接投資の報告を行う必要が生じるケースがあります。具体的には、外国人投資家による内国会社の設立は「対内直接投資等」に該当し、原則として設立日から45日以内に日本銀行を経由して財務省等に報告書を提出する必要があります 。一般的な業種であれば事後報告で足りますが、事業が安全保障上重要な分野(防衛関連や高度技術など)の場合は事前届出が必要となることもあります 。この手続は見落としがちですが怠ると罰則もあり得ますので、該当しそうな場合は専門家に確認しましょう。
以上が会社設立の大まかな流れとポイントです。外国人の場合、言語や手続きに不安があれば司法書士(会社登記の専門家)に依頼するのも一般的です。費用はかかりますが、不備なくスムーズに登記が完了します。また、設立登記が完了したら次はいよいよ実際の事業運営準備です。まずは拠点となるオフィスをしっかり構え、事業の許認可を取得しましょう。
事業拠点(オフィス)の確保
「オフィスは必要?自宅でダメ?」 起業準備中の方からよく聞く質問です。結論として、日本で事業を行うには何らかの拠点となる所在地が必要ですし、経営管理ビザ申請においても「事業所として使用する施設」が日本に確保されていなければなりません。【第2回】ですでに触れましたが、単なる名義上の住所ではなく実体のあるオフィスが求められます 。ここでは外国人起業家が日本でオフィスを確保する際の実務的ポイントを解説します。
- 賃貸オフィスの契約: 日本で物件を賃借するには、通常不動産仲介業者を通じて契約します。外国人の場合、日本語の契約書を読み解く必要があり、また保証人や追加保証金を求められることもあります。賃貸物件によっては外国籍NGのケースも残念ながら存在しますが、近年は国際化に伴い外国人入居者に対応した物件も増えています。不動産会社に自らのビジネス計画や在留資格を説明し、信用を得ることが重要です。契約時には敷金・礼金(保証金、謝礼金として数ヶ月分の賃料を upfront で支払う独特の慣行)が発生することも押さえておきましょう。賃貸借契約書のコピーは、ビザ申請や許認可申請時に事業所証明として提出します 。
- シェアオフィス・コワーキングスペース: 起業初期はコストを抑えるため、シェアオフィスやコワーキングスペースを活用するケースも多いです。東京や大阪など大都市には、外国人起業家ウェルカムなコワーキングが多数存在します。例えばWeWorkやRegus、行政主体のスタートアップ支援施設などが挙げられます。これらの多くは法人登記や法人宛の郵便受け取りにも対応してくれるため、本店所在地として登記することも可能です。ただし経営管理ビザの要件としては、「単なる住居ではなく事業専用のオフィス」であることが望ましいとされています 。シェアオフィスの場合でも、固定ブースや個室を契約するなど、事業に相応しい専有スペースを確保すると安心です。ビザ申請時にはオフィスの内観・外観写真やビル入り口のテナント看板、郵便受けの社名表示などを提出して「事務所の実在性」を示すのが一般的です 。
- 自宅をオフィスにできる?: 住居とオフィスを兼ねること自体は法的に禁止されていません。実際、創業当初は自宅の一室を事務所とするケースもあります。ただし賃貸契約上で住居を事務所利用することが禁止されている場合もあるので契約条件を確認しましょう。またマンションによっては管理規約で営業活動禁止のところもあります。経営管理ビザ審査では、自宅兼オフィスでも独立した専用スペースがあり事業に支障ない旨を立証できれば認められることがあります 。しかしながら、自宅だと来客対応や信用面で不安が残るのも事実です。できれば事業専用のスペースを用意することをお勧めします。
- 物件選びのポイント: もし飲食店や店舗ビジネスを行うなら、物件は単なるオフィスではなく実店舗となります。その場合は立地や周辺ニーズも重要ですが、同時に保健所の許可基準を満たせる設備か、消防法上の要件をクリアできる物件か等も考慮が必要です(この点は後述する飲食業の許可で詳述します)。IT企業や貿易会社であれば、自宅近郊でも通信環境の良い場所や、都市部のインキュベーションオフィスを利用するなどの選択肢があります。地方自治体や国の提供する創業支援オフィス(低廉な賃料で貸し出すインキュベータ施設)に応募するのも良いでしょう。例えば東京の「創業支援施設」、大阪の「インキュベーションオフィス」、福岡のスタートアップカフェ等、各地で支援策が整備されています。
- オフィス確保のタイミング: 会社設立登記の前に本店所在地として住所を決める必要があるため、設立手続きとオフィス探しは並行して進めることになります。少なくとも定款作成時までには本店所在地の住所を確定しなければなりません。また、ビザ申請の前までに実際の事務所を契約・設置しておく必要があります 。したがって、「ビザが下りてからオフィス探し」という順序では遅く、ビザ申請時点でオフィス契約書を提出できる状態にしておきましょう 。資金計画上、家賃の先行負担は痛手かもしれませんが、ここは避けられないポイントです。
以上がオフィス確保に関する現実的なアドバイスです。外国人が日本で物件契約する際のハードルは確かに存在しますが、近年は受け入れ態勢も改善しつつあります。不動産エージェントや行政のサポート機関(地域の国際ビジネス支援センターなど)を活用しつつ、事業に相応しい拠点をしっかり構えましょう。
業種ごとに必要な許認可のチェック
会社が無事に設立でき、オフィスも確保できたら、次は事業を開始するための各種許認可を確認しましょう。日本では、業種によっては事業を営む前に行政から許可や認可、届け出を受ける必要があります。許認可を得ずにビジネスを始めると法律違反となり、最悪の場合は罰則(営業停止や罰金刑、ビザ取消のリスクも)を受ける可能性があります 。外国人起業家に馴染みがない制度も多いので、ここでは代表的な例として飲食業、人材紹介業、貿易業にフォーカスして解説します(その他の業種についても後ほど触れます)。
飲食業を始める場合(レストラン・バー経営など)
日本でレストランやカフェ、バーなどの飲食店営業を行うには、食品衛生法に基づく「飲食店営業許可」を取得する必要があります 。この許可は各地域の保健所が管轄しており、店舗ごとに申請します。飲食店営業許可を受けずに営業すると2年以下の懲役または200万円以下の罰金に処される可能性があるため(食品衛生法違反)絶対に避けましょう 。
- 申請先と時期: 飲食店の所在地を所管する保健所に申請します。一般的な流れとしては、店舗の内装工事が完成した段階で申請し、保健所の職員による施設検査を受けます 。検査に合格すれば許可証が交付され営業可能になります。申請から許可取得までの期間は各自治体によりますが、概ね申請後1〜2週間が目安です 。開店日から逆算してスケジュールを組み、余裕を持って申請しましょう。
- 設備基準のクリア: 保健所の検査では、店舗の厨房設備や客席、トイレ等が細かな基準を満たしているか確認されます 。例えば手洗い設備の数や場所、冷蔵庫の温度管理、換気や照明の状況、客用トイレの設置など、多岐にわたるチェックがあります。物件の段階でこれら基準を満たせる構造か、内装工事で対応できるかを検討する必要があります。不安な場合は工事着手前に保健所へ事前相談に行き、図面を見せてアドバイスを受けることを強くお勧めします 。
- 食品衛生責任者の設置: すべての飲食店には食品衛生責任者を少なくとも1名置かなければなりません 。食品衛生責任者とは、食品の安全管理の責任者で、所定の資格または講習修了者です。日本では調理師や栄養士などの国家資格保有者は自動的に該当資格がありますが、多くの場合は講習会を受講して資格を取得します 。講習は各都道府県で定期的に開催され、1日(5〜6時間)の受講で修了証がもらえます 。費用は1万円前後です 。注意点として、受講には在留カードが必要です 。短期滞在ビザ(観光ビザ等)の状態では受講できませんので、経営管理ビザを取得してから講習を受ける流れになります。
- 消防への届出と防火管理: 飲食店を開業する際は、消防署にも所定の届出を行う必要があります。具体的には「防火対象物使用開始届出」を提出し、店舗ごとに防火管理者を選任します 。店舗の規模(延べ床面積)によって乙種または甲種の防火管理者資格者を置かなければなりません(延べ床面積300㎡未満なら乙種、以上なら甲種) 。資格取得のためには消防署等が開催する講習を受講します(甲種2日間・乙種1日、費用数千円) 。ただし収容人数30人以下の小規模店は防火管理者不要という例外もあります 。開店後は定期的に消防署の防火指導や避難訓練への協力も求められるので、安全管理は怠らないようにしましょう。
- 深夜営業や酒類提供: 夜0時以降も営業するバーや飲食店(ナイトクラブ等)を営む場合、「深夜酒類提供飲食店営業」の届出を警察署に行う必要があります。また、客席に照明や演出で一定以上の暗さを設けてダンスさせるような業態は風俗営業許可が必要になる場合もあります(クラブやディスコ的な業態)。これらは特殊なケースなのでここでは詳細割愛しますが、深夜営業や娯楽提供を予定している場合は追加の法令遵守事項があることを頭に入れておいてください。
以上が飲食業に関する主な許認可です。まとめると、「保健所の営業許可」と「食品衛生責任者資格」は開業前に必ず取得が必要で、「消防署への届出」も忘れずに行うことが重要です 。許可取得には設備や人材面での準備が伴うため、物件契約直後から逆算して計画的に進めましょう。適切な許認可を得て開業することは、お客様の信頼や自身のビザ継続にも直結します。
人材紹介業を始める場合(有料職業紹介事業)
外国人起業家の中には、母国と日本の架け橋として人材紹介ビジネスを検討している方も多いでしょう。企業の求人と求職者をマッチングし、成功報酬を得る有料職業紹介事業を営むには、厚生労働大臣の「有料職業紹介事業許可」が必要です。管轄実務は各都道府県の労働局(職業安定部)が行います。許可取得には以下のような厳格な基準が定められています 。
- 財産的基盤の要件: 新規に人材紹介業を始める場合、会社に最低500万円以上の純資産が求められます 。純資産とは簡単に言えば資産-負債であり、借入金を除いた自己資本が500万円以上必要です 。さらに現金・預貯金として150万円以上を保有していることも要件です 。例えば資本金500万円で設立した会社であれば、設立直後に許可要件を満たしている計算になりますが、負債が多いと認められません。事業所を複数設ける場合は1事業所増えるごとに基準額も加算されます (例:3拠点で展開なら500万円×3=1500万円の純資産が必要)。
- 人的要件(責任者の配置): 事業所ごとに職業紹介責任者を置く必要があります。責任者は原則その事業所に常勤する社員で、厚労省指定の講習を修了しているか、または職業紹介業務に一定の実務経験がある者でなければなりません。講習自体は2日程度で、安全・適正な紹介業務を行うための知識を学びます。起業家本人が責任者になる場合は、開業前にその講習を受けておくと良いでしょう(各地の労働局などが定期開催)。
- 欠格事由の確認: 申請企業およびその役員に、労働関係法令違反や一定の犯罪歴がないことも審査されます 。例えば過去5年以内に不法就労助長罪で罰金刑を受けていれば許可は下りません。また暴力団関係者が役員にいないことも当然求められます。これは日本人・外国人問わずチェックされます。
- 外国人が申請する場合の追加要件: 起業家自身が外国籍である場合、適切な在留資格を有していることが求められます 。具体的には「経営・管理」ビザ、あるいは永住者や配偶者等の就労制限のない在留資格です 。留学や技能実習など事業経営ができない資格のままでは許可申請できません。また、生活の本拠が安定していない者ではないこと(住所が定まらないなど)も要件に明記されています 。簡単に言えば、日本において腰を据えて事業を営む基盤があるかどうかを見られるわけです。したがってビザ無しで海外から申請…というのは非現実的です。まず経営管理ビザ等を取得し、その上で許可申請に臨むことになります。
- 申請手続きと期間: 許可申請には事業計画書や組織図、資産状況を示す書類(貸借対照表など)、個人情報保護規程や職業紹介業務規程の作成、誓約書類の提出など多岐にわたります。書類が整い労働局に申請してから結果が出るまで、通常2〜3ヶ月程度かかります(審査期間)。許可が下りると厚生労働省から「許可証」が交付されますので、営業所に掲示し、晴れて事業開始となります。
- 注意点: 許可取得前に絶対に有料で人材紹介行為を行わないこと。内緒で仲介して後からバレれば罰則の対象です。また、人材紹介業を開始した後も半年毎の事業報告や紹介実績の届け出など、管理上の義務が発生します。さらに求人票や契約書式にも法定の記載事項がありますので、コンプライアンスを徹底しましょう。これらは許可取得時に案内されますが、外国人経営者には馴染みが薄いので専門家(行政書士など)のフォローを受けると安心です。
要点をまとめれば、人材紹介業のハードルは「資本要件の500万円」「責任者講習の受講」「適切なビザ保有」の3つが特に重要です 。日本でマッチングビジネスを展開するには社会的信用が求められるため、このように厳しい基準が設けられています。しかし一度許可を取得すれば、人材紹介は国際的にも需要が高まっている分野ですので、大いに活躍の場が広がるでしょう。
貿易業を始める場合(輸出入ビジネスなど)
「日本と世界を繋ぐビジネスをしたい」「自国の商品を日本で販売したい/日本の商品を海外に輸出したい」という起業家も多いでしょう。いわゆる貿易業(輸出入を伴う事業)を始めるにあたって、実は飲食業や人材紹介業のような一律の「業種別許可」は存在しません。輸出入そのものは基本的に自由であり、会社を設立すれば誰でも貿易取引は可能です。ただし、扱う商品や業態によって必要な許可や届出が発生する点に注意が必要です。以下に代表的なケースを挙げます。
- 中古品・リサイクル品を扱う場合: 中古品(古着、中古車、中古家電など)を仕入れて販売する事業は「古物営業」に該当する可能性があります。日本で古物営業を営むには、公安委員会から古物商許可を受ける必要があります 。対象は国内外問いませんので、「日本で買い取った中古品を海外で売る」場合も許可が必要です (※海外で自分で仕入れた中古品を国内で売るだけなら不要な場合もあります )。古物商許可の申請先は本社所在地の管轄警察署です 。申請には会社の登記事項証明書や定款(目的欄に古物営業が記載されていること)、役員全員の住民票・身分証明書・経歴書などを提出します 。審査には1〜2ヶ月程度かかります 。
- 外国人経営者の場合: 人材紹介業と同様、適切な在留資格を持っていることが求められます。「経営管理」「永住者」などが典型で、それ以外の就労ビザでは原則古物商の許可は下りません 。例えば留学生やエンジニアビザの人が副業で中古品販売を…というのは不可です。経営管理ビザを取得して臨みましょう 。
- 酒類を販売する場合: ワインや日本酒など酒類の輸入販売ビジネスをするには、酒類販売業免許が必要です。酒類の販売は酒税法により厳しく管理されており、販売形態に応じて国税庁(税務署)の免許を取得しなければなりません 。例えば卸売向け、飲食店向け、小売店向け、通信販売などで免許区分が異なります。また輸入して国内で販売する場合も免許は必須です。
- 免許申請: 免許申請には、販売計画や取引先リスト、倉庫や事務所の平面図、財務計画書など詳細な書類が求められ、審査には2〜3ヶ月以上かかるのが一般的です。なお、飲食店で店内提供するだけであれば酒販免許は不要です(料理店でお酒をお客様にその場で出す場合は免許不要と明記されています )。免許が必要なのは開封して持ち帰らせる販売や卸売をする場合ですので、自店で提供するための輸入であればまた扱いが異なります。この辺りは個別に税務署へ確認しましょう。
- 食品・化粧品・医薬品を輸入販売する場合: 口に入るものや人体に触れるものは安全性確保のための制度があります。例えば飲食料品を海外から輸入して販売する場合、輸入時に食品等輸入届出を厚生労働省(検疫所)に提出する必要があります。これは食品衛生法に基づく手続きで、成分や製造方法などを申告し、必要に応じて検査を受けるものです。
化粧品や医薬品についてはさらに厳しく、医薬品医療機器等法(薬機法)に基づく許可が必要です。化粧品であれば「化粧品製造販売業許可」、医薬品なら「医薬品製造販売業許可」等を取得し、成分毎の承認も得なければなりません。これらはいずれもハードルが高いので、該当する場合は専門の行政書士などに相談してください。 - 特定分野の輸出規制: 輸出に関しては、一部製品・技術が安全保障輸出管理の規制対象になります。日本は国際的な安全保障の枠組みに沿って、先端技術や軍事転用可能な製品の輸出をコントロールしています。例えば精密工作機械や先端素材、一部のソフトウェアなどを輸出する際は、経済産業大臣の許可が必要なケースがあります(外国為替及び外国貿易法による規制)。該当するかどうかの判定は専門的なので、ハイテク製品を扱う場合はJETROや経産省の窓口で確認しましょう。
- 税関への事前登録: 任意ですが、輸出入取引をスムーズに行うために税関に輸出入者コード(EORIコードに相当)を登録しておくと良いでしょう。これにより、毎回の申告で基本情報を省略でき便利です。申請は所轄税関にて無料で行えます。また通関業者(フォワーダー)と契約し、代理申告してもらうケースが多いので、信頼できるフォワーダーを見つけておくことも成功の鍵です。
このように、貿易業は扱う商品によって必要な許可・届出が大きく異なります。「自分のビジネスでは何が必要か」を事前にリサーチすることが極めて重要です。幸い、日本政府や各種支援団体(JETROやMIPRO等)が外国人向けにガイドブックを公開しています。例えばミプロ(対日投資促進機関)発行のガイドには、業種別の許認可一覧が掲載されています 。こうした資料も参考にしつつ、必要な手続きを漏れなく行いましょう。
その他の業種の許認可にも注意
上記以外にも、多くの業種で許認可制度があります。一部を挙げると:
- 旅行業: ツアー企画や旅行代理業を行うには、観光庁長官または都道府県知事への旅行業登録が必要です。営業保証金の供託や有資格者(総合旅行業務取扱管理者等)の配置義務があります。
- 不動産業: 不動産の売買・賃貸の仲介をするには、宅地建物取引業の免許が必要です。こちらも知事または国土交通大臣の免許制で、保証協会加入や宅地建物取引士の設置などの条件があります。
- 建設業: 建設工事の請負を業として営むには、一定規模以上の場合建設業許可が必要です(軽微な工事だけなら不要)。業種ごとに許可区分が分かれており、経営業務管理責任者や技術者の要件、500万円以上の資本金などが求められます。
- 介護・保育業: 訪問介護やデイサービスなど介護事業には都道府県の指定(許可)が必要です。また保育園経営も認可制です。いずれも人員基準や設備基準が詳細に定められています。
- 金融業: 投資顧問業や融資業を行うなら金融庁/財務局の登録・免許(第一種金融商品取引業登録、貸金業登録など)が必要になります。
これら以外にも、業界によって様々な規制があります。一般論として、起業前に自分の参入する業界について「許可」「免許」「登録」「届出」といったキーワードで調べてみることをお勧めします。必要な手続きを把握した上で事業計画を立てないと、いざ営業開始という段階で「許可待ちで動けない!」といった事態にもなりかねません。
なお、経営管理ビザの審査時にも「その事業に必要な許認可を取得しているか」はチェックされます 。例えば飲食店でビザ申請するなら営業許可証のコピー提出が求められるのが典型です 。ビザのためにも、事業遂行のためにも、許認可の確認は抜かりなく行いましょう。
運営開始に向けて今のうちに準備しておくこと
会社設立・オフィス確保・許認可取得と進めてきましたが、実際にビジネスを軌道に乗せるには設立後の運営体制も万全にしておく必要があります。連載第4回では、設立後の税務・労務・専門家との契約など運営面について詳しく扱う予定ですが、その前段階として今のうちに準備しておくと良い実務事項をいくつかご紹介します。
- インボイス制度への対応: 日本では2023年10月1日からインボイス制度(適格請求書等保存方式)が導入され、消費税の仕入税額控除の仕組みが大きく変わりました 。簡単に言うと、事業者が他の事業者に対して発行する請求書に所定の登録番号等を記載した「適格請求書(インボイス)」でないと、相手方が消費税の控除を受けられなくなったのです 。
起業初年度は売上規模によって消費税の納税義務が免除されるケース(新設法人の特例)もありますが、この制度下ではたとえ免税事業者でも取引先からインボイス発行を求められる可能性があります。そこで事業開始前にインボイス発行事業者の登録申請を検討してください。
税務署で所定の手続きを行い登録を受けると、適格請求書発行事業者としての登録番号が付与されます。これを請求書に記載することで取引先は安心して仕入税額控除ができ、ビジネス上の信頼にも繋がります。特にBtoB取引をメインとする場合は、スタート時からインボイス対応しておくことを強く推奨します。 - 会計システムの導入: 起業後は日々の取引を記録し、決算を行い、税務申告をするという会計・税務処理が必要になります。日本の会計年度や税制に不慣れな外国人経営者にとって、これは大きなチャレンジかもしれません。幸い近年はクラウド会計ソフト(例:マネーフォワードクラウド、freeeなど)が充実しており、英語インターフェースがある製品も存在します。
開業と同時にこうした会計システムを導入し、日々の経費や売上を記録していきましょう。領収書もスキャンして保存すれば電子帳簿保存法にも対応できます。会計ソフトを使えば試算表や財務レポートも自動作成されますし、税理士にデータ共有して決算を依頼することも容易です。最初の一件目の取引から記録すること——これが後々の楽につながります。特に消費税の計算や減価償却などは専門知識が必要なので、ソフトに任せてしまうのが賢明です。
- 銀行口座・決済手段の準備: 日本で事業をするには法人銀行口座が必要不可欠です。資本金の払い込みには個人口座を使えましたが、事業を始めたら会社名義の口座で取引するのが原則です。しかし、新設法人かつ代表者が外国人となると、日本の銀行で口座開設審査が厳しくなる傾向があります。
マネーロンダリング防止等の観点から実績のない会社には慎重になるためです。これを乗り越えるには、ビジネスプランや事業内容をきちんと説明できる書類を用意したり、顧客との契約書やホームページを整備して信頼性を示すことが効果的です。
また、ネット銀行や一部の新興銀行は比較的口座開設に前向きと言われています。例えば楽天銀行、PayPay銀行、住信SBIネット銀行などはオンラインで申請でき、外国人経営者でも開設事例があります。ただしネット銀行は振込入金やATM利用に制限があったりするので、メインバンクとしては都市銀行・地方銀行の口座も持っておきたいところです。
信用金庫や地域銀行は、地域の創業支援の文脈で協力的な場合もあるので、地域の制度を調べてみましょう。
決済手段としては、クレジットカード決済やオンライン決済(PayPal、Stripe等)の導入も検討してください。特に海外相手の商売なら為替手数料が安いサービス(例: Wiseのマルチカレンシー口座)も活用できます。資金決済はビジネスの生命線なので、複数の選択肢を早めに確保しましょう。 - 税理士・社労士など専門家との連携: 日本での会計税務、労務管理は専門知識が要求されるため、信頼できる専門家を顧問に付けることも重要です。税理士(税務全般)、公認会計士(会計監査等)、社会保険労務士(労務・社会保険手続)、行政書士(許認可やビザ手続)など、必要に応じて力を借りましょう。
特に税理士とは早い段階で顧問契約を結んでおくと、決算申告のみならず日常の経理相談や節税アドバイスも受けられます。外国人起業家対応を謳う事務所も増えており、英語や中国語でサービス提供している専門家もいます。
費用は月額数万円程度からですが、「専門家に任せるところは任せて、自分は事業に集中する」ことも時に必要です。第4回ではこの辺り詳しく触れますが、起業準備段階から相談できるパートナーを見つけておくと後々安心です。 - 人材採用と労務準備: 事業開始後、順調にいけばスタッフを雇用することもあるでしょう。採用計画があるならば、早めに雇用時の手続きを把握しておいてください。
従業員を初めて雇った際には、ハローワークへの雇用保険加入手続き、年金事務所への社会保険加入手続きが必要です。正社員だけでなく週20時間以上働くパートタイマーでも条件により加入義務が発生します。
外国人労働者を雇用する場合は、ハローワークに対して「外国人雇用状況の届出」も必要です。
労働法制については日本独自のもの(例えば有給休暇の付与ルール、残業時間の上限規制など)がありますので、採用前に基本を押さえておきましょう。
就業規則は常時10人以上雇用する場合に作成・届け出義務がありますが、それ未満でもルールブックとして整備しておくとトラブル防止になります。社労士と相談しながら、働きやすい職場環境づくりを準備しましょう。
以上、運営開始に向けて今からできる実務準備をいくつか述べました。事前に準備を進めておけば、会社設立後にバタバタせずに済み、ビジネスに集中できます。特にインボイス制度対応や専門家探しなどは「知らなかった…」では済まない重要事項ですので、ぜひ検討してください。
まとめ:着実な準備でスムーズなスタートダッシュを
今回は、日本で会社を立ち上げ事業を開始するために必要な会社設立登記からオフィス確保、各種許認可、そして運営準備までを一気に解説しました。かなり盛りだくさんの内容でしたが、要点を振り返ってみましょう。
- 会社設立: 株式会社か合同会社かを決め、定款を作成して資本金を払い込み、法務局で登記する。2025年現在、外国人のみでも会社設立は可能で、代表者の日本在住要件は撤廃済み 。ただし登記後の税務届出や、外国人投資の報告(必要な場合)も忘れずに。【※ビザ取得前提なら資本金500万円以上を用意。】
- オフィス確保: 事業用のオフィスを日本国内に構える。賃貸物件契約やシェアオフィス活用など方法はいろいろ。経営管理ビザ申請では現実の事務所が必須なので、契約書や写真で実在性を示す 。自宅兼事務所も可だが、できれば専用スペースを用意。
- 許認可の取得: 自分の事業に必要な許可・免許・届出を調べ、営業開始前に取得する。飲食店なら保健所の営業許可と衛生責任者資格 、人材紹介なら職業紹介業許可(資本金要件500万円等) 、貿易関連も商品によって古物商許可や酒類販売免許など個別にチェック。【ビザ申請時にも許認可の有無が問われるので注意】
- 運営準備: インボイス制度(適格請求書)の理解と対応登録 、会計ソフト導入による経理体制整備、銀行口座開設や決済手段の確保、税理士・社労士等専門家との連携、人材採用時の労務手続きの予習…と、会社運営に向けた下準備を進めておく。「備えあれば憂いなし」で、スタートダッシュを切る。
日本での起業は、事前準備さえしっかりしておけば決して不可能なミッションではありません。むしろ一つ一つハードルをクリアしていくことで、日本でビジネスをする土壌やネットワークが自然と築かれていくはずです。本記事の内容をガイドラインとしてチェックリストに落とし込み、できることから着手してみてください。行政手続きで不明点があれば、各省庁の外国人向け相談窓口や専門家を頼ることも恥ではありません。
最後に、日本で会社を興し新たな価値を創造しようとする方々の背中を押せるような内容になっていたら幸いです。。次回(第4回)では、「設立後の運営」をテーマに、税務・労務・ビザ維持・顧問契約など、会社運営フェーズで押さえるべき実務についてお届けします。これまでに整えた基盤の上に、事業を軌道に乗せ持続的に発展させていくための知恵を共有しますので、ぜひ引き続きご覧ください。